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書こうと思ってた話を全部すっ飛ばして出来た長いけど小話。あくまで小話です。長くなって携帯日記に持っていけなかった小話です。

レンリンです。ロリショタです。成長してます。


 


 「好きよ」

 リンは、そう言った。
 真っ白いスカートに、赤い大きな花が散らばった模様のワンピースを翻して、葉っぱの影を白い肌に浮かべて。ちょうど顎の下を撫でられている猫のような、心地よさ気な笑顔で。
 僕はといえば、暑い陽射しから自分を守る事に必死で、手で作った日よけの内側から目を細めてリンを見ていた。蝉の声が遠く聞こえ、じりじりとした暑さに首筋に汗が浮かんでいたのを覚えている。ごく有り触れた夏の中、リンはまるで涼しげで、そよ風のように広がるスカートがやたら目に焼き付いた。

 「僕もリンが好きだよ?」
 「じゃあリンとキス出来る?」

 当たり前のように思い当たった返事を返すと、リンは悪戯っぽく目を細めた。そこで僕は言葉に詰まる。その時のリンは、よく笑ってすぐに怒る、一緒に泥だらけになって転げ回った双子の姉とは違って見えた。新しいワンピースを嬉しそうにひらひらさせる姿が、少し眩しかった。ずっと隣で手を繋いで歩いていた筈なのに、僕に見えたのはリンの後ろ姿だ。

 「……カイトにーちゃんが、いくら双子でもきょうだいは簡単にきすしないんだって言ってたよ」
 「リンは出来るよ?レンとキス」
 「僕だって出来るよ!」
 「でもしないんでしょ?だから、リンとレンが言ってる好きは全然違うんだよ」

 白いスカートをくるりと翻して、急に前を向いて歩き出したリンに、僕はしばらくあぜんとしてしまった。視界の端で、木陰模様がするりとリンの肌を撫で、消えていく。
 だって、僕はリンが大好きだ。リンだって、いつも僕の事が好きだって言ってくれる。カイトにーちゃんとかメイコねーちゃんはああ言うものの、つい最近まで僕らの仲直りの印は頬っぺたに軽く唇を触れさせる事だった。でも、こんなのキスって言わないもん!と主張しながらも、遂にこの仲直りの法則を崩したのは、リンの方だったじゃないか!なのにリンは、まるで僕の『好き』がリンの『好き』には足りないような口ぶりで、思わずむっとする。足元に転がっていたコンクリートのかけらを蹴っ飛ばすようにしてリンの後を追い掛けていくと、僕の不機嫌さに気が付いたのか、リンが僕を振り返った。いつもはどちらかが不機嫌になると、もう片方も機嫌が悪くなって喧嘩になる僕らだけど、この時リンはさっきまでとおんなじような、嬉しそうな笑顔を浮かべたままだった。

 「リンはね、レンが好きよ」

 初めとおんなじ言葉を繰り返すリンの真っ白な肌は、太陽の光を浴びてますます白く光るようだった。けれど、ノースリーブの内側の肌はもっと白くて、日焼けの後が何かの残像のように浮かび上がっていた。

 何かってなんだろう。ふと考える。
 それは、夏の、だろうか。我ながらよく分からないことを思い付いた。

 「レンが好きだから、レンとキスがしたいのよ。だから、ダメなの。レンはリンとキスしちゃいけないの」
 「どうして?」
 「レンがリンを『好き』なのは、リンをキスしたいの『好き』と違うから」

 そう言って、リンは本当に嬉しそうに笑った。ワンピースは相変わらずひらひらと揺れていて、僕は相変わらず目を細めていた。何だか置いて行かれた気分だった。嬉しい筈の言葉なのに、余りに遠くて受け取れない。ずっと一緒にいたのに、リンだけ先に行ってしまったようで、悔しかった。
 僕は唇を尖らせて、何も言わずにまたコンクリートを蹴った。それはころころと地面を転がって、リンの足元で止まる。細い爪先は両方とも内側を向いていて、いつの間にかリンの膝に傷痕は無くなっていた。僕の知らない事を知っている、僕の知らないリンの白い膝まで、僕は悔しさを募らせた。こんなに悔しいのに、今の僕にはリンの言う事なんてさっぱり分からなくて、言い返す事すら出来ないのだ。

 歩道のない、狭いコンクリートに囲まれた道の真ん中で、自棄になって二文字、正確には四文字の言葉を声を張り上げて叫んだ。するとリンは目をまんまるにして驚いて、僕の方を振り向いた。それからまたすぐに、猫みたいに目を細めてにっこりと笑った。その笑顔が、一瞬すごく淋しげに見えて不意を付かれた気分だった。軽やかな足取りにぴったりと黒い影が付いていくのが、夏の陽射しの中ではっきり見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 


 と、そんな夢を見た。随分昔のガキの頃の夢だな、と、天井を見上げながら寝起きの頭でぼんやりと思う。
 一体いつの間に眠ってしまったのやら、クーラーも扇風機も付いていない部屋の中で、俺はすっかり汗だくで寝転んでいた。窓の外から入って来る光の具合が、どうやらまだ太陽は高いものの、もう午後の3時か4時くらいだろうという事を俺に伝える。部屋の中まで差し込むくらいの日差しは無く、窓の外からは小学生と思われる声が、複数人分響いていた。
 こんな昔の夢を、なんで今更見たのか疑問に思う所だが、大方この暑さが引き金にでもなったのだろうとあっさり俺は考えるのをやめた。確かあの時も、最高気温が例年を上回ったとかで話題になっていた気がする。けれど、寝起きの不愉快さに懐かしさは全く歯が立たず、暑さに舌打ちしたい気分になりながら体を起こした。
 そうしてようやく気付くのは、隣で丸くなってる塊だ。これまたいつの間に忍び込んだのか、寝る前は確かにいなかった筈のリンが、俺のすぐ隣で丸くなって眠っていた。

 暑さに人一倍弱い癖に、なぜだか油断すると人のベットに忍び込んでくる姉に、髪を掻き上げながら溜息をつく。冬ならまだしも、夏はねーだろ。この暑さで、隣に36度くらいの熱の塊がいたら、そりゃ暑い筈だ。見れば、リンもうっすらと汗をかいていて、その寝顔はどこか苦しげだった。起こしてやろうか、と思いつつも、ここで起こしたって暑いだなんだで喧嘩になりそうな事は目に見えていた。ただでさえリンは体温が高くて暑がりで、おまけに寝起きは機嫌が最悪だってのに。だったらこっちくんなよ、と未来想定図の中のリンに毒を吐いて、どうしようかと現実のリンを見下ろす。
 普段通りの、キャミソールとホットパンツだけの恰好。露出が無駄に高い割に、大した色気を感じないのがリンの特徴だと思う。そんな評価を今まさに下されてるとは露知らず、ぐっすりと眠り込むリンにばーかと声に出さずに呟いてから、体を起こしたまま何と無く天井を見上げる。どこからともなく蝉が一匹鳴くのが聞こえて、ふとさっき見た夢を思い出した。

 あの日リンは、俺の知ってるリンではなかった。正確には、俺と双子のリン、ではなく、恐らく一人の女の子だったのだろう。ちょうど思春期に入るか入らないかくらいの、女の子が俺らより一足先に成長する頃。俺とリンも正しくそうで、俺達はずっと一緒なんだと馬鹿みたいに信じ込んでいた俺に対し、リンだけが一歩先に進んでしまった。
 いつも泥だらけで転げ回っていた癖に、突然着た白いワンピースがその象徴のようだった。服が汚れるから公園では遊ばないと言われ、俺は全く理解出来なかった。おんなじ道をぐるぐるぐるぐると、ただ歩いただけの夏の日。それが無性に悔しくて、意味も分からず好きだなんだと意地みたいに繰り返していた頃の記憶だ。全く、思い返せば思い返す程、ガキだったよなあと思う。同時にリンもリンで、ませたガキだったなあ、と。

 すやすやと眠るリンを見下ろす。今では俺も、すっかりリンが言っていた事を飲み込めるくらいの歳になった。『好き』と『好き』の違い。炭酸みたいな爽やかな、甘味料の持つ甘さの好きと、少女が語る内緒話の甘い好き。唇が含んだ猛毒と刺。思うと、最初に仕掛けたのはリンの方か。俺はそれに、まんまと引っ掛かってしまった。少なくとも、俺がリンを女の子として意識し始めたのはあれがきっかけだった。あの日の事を、きっとリンは覚えてやしないだろうけど。
 汗で頬に張り付いた髪を、それごと掻き上げるように払ってやる。そのまま手の甲を頬まで滑らせてみると、微かにリンの口元が綻んだ。手が止まる。幸せそうに小さく笑ったリンに、夢の中の影が重なった。
 ふと、ただ何となくそう思い付いて、リンの顔のすぐ横に手を付いた。ベットが軋み、リンの肌の上に俺の影が落ちる。覗き込んだ表情は、相変わらず幸せそうで、一体どんな夢を見ているのやら、少し気になる所だった。無邪気な寝顔は、記憶の中の微笑よりずっと幼い。女の子のわからない所は、一分一秒違う顔をしてそこにいることだ。一緒にふざけ回った『双子の片割れ』が、次の瞬間には『知らない女の子』になる。今は、一体誰なんだろう。けれど、黙ってリンの寝顔を覗き込む俺も、少なくとも『双子の弟』ではないだろう。
 リンを起こさないように身を屈める。昔は本当に一卵性のようにそっくりだった俺達も、今では随分変わってしまった。長い睫毛と、ふっくらとした曲線を描く白い頬、柔らかそうな唇。リンは、こんなに女の子だ。それは、鏡に映った俺とはやはり、まるで違うのだろう。くしゃりと柔らかく崩れた髪の掛かる頬を撫でてから、僅かに綻んだままのその唇に、そっと自分の唇を重ねた。

 あの日から、当たり前だが俺もリンも十分なくらいに成長してしまった。好きの違いもキスの意味も、痛いくらいに知っている。兄さんの言葉の意味も、今ではちゃんと理解出来た。俺と違って、とうに理解していた筈の、リンが浮かべたあの笑顔の意味も。
 柔らかい唇をそっと啄むと、眠っている筈のリンが甘い吐息を零した。軽く触れるだけで唇を離す。すきだよ、といつかと同じ言葉を小さく小さく囁くと、僅かに身じろぎしたリンは、答えるように二文字分だけ唇を動かして、また穏やかな眠りに落ちていった。相変わらず部屋は暑い。けれど、立ち上がってクーラーのリモコンを手に取る気にもなれなくて、何と無くしばらくリンの髪を撫でていた。

 夏の少女は蜃気楼だ。日焼けの跡すら神秘的に見える不思議な存在。いくら双子でも、リンを女の子にさせる不思議な空気に触れることは、出来ないのだろう。だから、記憶の中の小さな俺は泣いたんだ。リンを鮮やかに彩り俺から遠ざけた、あの白いワンピースがただ純粋に憎らしかった。

 

 

 

 

+++++

先に大人になっていく女の子と、そんな女の子に振り回される男の子。可愛い。思春期バンザイ。



実はさんがつのあめ(sm10223689)のリンちゃんの幼い声にやられてしまった結果がこれだったりします。もっと正確に言えば、リンちゃんの「好きよ」に打ち抜かれて身悶えてたらこれだよ。小話だったのにこの長さホントに勘弁してくれ…最近どうもあれこれ表現を追加しすぎて、自分でも読みにくいことこの上ない。
曲のイメージというわけでなくこんな歌を歌うリンちゃん、のイメージです。でもこの曲、歌詞がすっごく好きです。トウキョウト・ロックシティといい、この人の書く詩は本当に素敵だと思います。

 

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