忍者ブログ
このブログは嘘で出来ています。         
[306]  [299]  [298]  [285]  [282]  [269]  [270]  [268]  [263]  [260]  [259
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

携帯日記の小話まとめ、その4。

*残暑


 蝉が煩い。

 陽射しがコンクリートを照り返して、辺り一面が蜃気楼のように揺れた。熱で篭った狭い世界で、蝉が鳴いてる。ないてる、泣いてる。現の短い現世を憂い、残されたこの世を嘆いていては、耳障りな声で蝉は鳴いていた。






 「あら、葡萄」

 ビニールで包装されたそれを手に取り、「もう秋なのね」と女性の声が言う。言葉と物音がぶつかり合ったフローリングの上で、振動と共にそれを聞いていた。鮮やかな藍色が、水滴を滴らせて色を落とす。その様が目に焼き付いて、脳を一回りしてまた出ていった。
 夏が終るのかと思った。いや、気付いたら夏は終わっていた。
 ふらりと立ち上がると、あら出掛けるの、と栗色の髪が揺れる。何も言わずに、扉を開けた。夏の死骸を探しに行こうと思った。網戸に引っ掛かって喚いていた蝉が、いつの間にか死んでいた。



 コンクリートの建物と、コンクリートの道路。歩行者優先の標識。手を引かれている少女が、後に殺される事になるというのは都市伝説だったろうか。女の子が嫌がっているように見えます、と、おどろおどろしいアナウンスが言っていた。

 太陽はまだ真夏を覚えている。
 それでも風は、既に夏を殺してしまった。残骸だけがそこらに散らばり、時折置いて行かれた雲が泣いている。蝉も、その気持ちが分かるのだろうか。何年も何年も暗くじめじめした土の中でうずくまり、ようやく触れた鮮やかな夏は、小さな虫けらには見向きもせずに独りで死んだ。孤独な夏と、忘れられた蝉。どちらも憐れにコンクリートに落ちている。

 夏の空気は蜃気楼だ。暑い。ゆらゆらと地面を朧げに、人間を内側から溶かしていく。皮膚が焼けて、脳が溶けて、何も分からなくなってしまった昼下がりの部屋の中。荒い呼吸と気怠い事後が、べたついた湿気となって肌に纏わり付いている。
 四角い箱のような団地の内側で、日傘を差した女と擦れ違った。白いワンピースを軽やかに揺らし、羽のように歩く彼女に、夏の残像を見た気がした。クラクラする。蝉が煩い。狂ったように泣き喚く声が、じりじりと陽射しに混ざって溶けていく。篭った熱気が制服の中に潜り込んで、足元からスカートの中まで犯されていくような気がした。ゆらりと世界が揺れる。蜃気楼が遠ざかる。死に行く夏が心中相手を探している。蝉が鳴く。泣く。亡く。蓮の下で蜘蛛が笑う。重力が無くなる感覚に、汗が肌を伝い落ちた。その感覚が、まるで抜け殻を捨て死に向かう、狂った羽虫のようだった。


 「リン」

 蝉の声が、止んだ。

 ぽたり、とコンクリートに染みが出来た。立ちくらみを起こしかけた背中を引き寄せられて、何かに支えられる事で、再び世界が元の形を取り戻す。肩から薄い制服越しに、夏の暑さが伝わってくる。36℃の夏の肌。もたれ掛かった状態で、よろよろと顔を上げると、呆れ顔のレンがいた。

 「れ、ん」
 「そんな状態になるまで無理すんなよ、危なっかしい」

 レンに肩を支えられ、引っ張られるように歩き出す。足早にコンクリートを踏み締めると、ようやく辺りは見慣れた通学路になった。夏休みは終わったんだっけ。始業式は午前で終わった。夏は死んで秋が生まれた。いや、違う。夏は土の中に潜って潜って、今ようやく脱皮したのか。
 レンに連れられて歩きながら、一度後ろを振り返った。白いワンピースを着た女の人が、心配そうにこっちを見ていた。あたしがぺこりと頭を下げると、その人も微かに揺れる空気の中で、頭を下げた。遠ざかるその人の後ろ姿に、あたしは秋の訪れを感じた。





++++

夏で残暑でテラ中二な話が書きたかった







*桃花

※ちょっとレン君が酷いレンロリン



 耳障りな歌声が聞こえる。

 舌足らずで拙い声。呂律が回り切らず、発音も不明瞭。言葉なんて聞き取れやしない。分かるのは、子供が一生懸命に歌っているという、その事実だけ。
 歌声のする方に目を向ける。そこには、大き過ぎるヘッドホンを頭に被せ、口を開くたびに白いリボンをぴょこぴょこと揺らすリンがいた。見た目や声自体は世間一般の『鏡音リン』そのものだが、その目線は随分低い。音符を世話しなく辿る大きな青い瞳も、楽譜を握り締める小さな手も。俺の隣に並べる程のものではない。甲高い声が喧しい。徐々に苛々としてきた俺を余所に、リンはひたすらに声を上げ続ける。いっそ、歌詞は無いのかも知れない。変態め、と見えもしないマスターを心の中で罵ってから、気怠い足でリンの側に近寄った。
 俺の腰までしか無い小さなリンは、自分に覆い被さった影に顔を上げる。リンの瞳が完全に俺を捉える前に、握られた楽譜に手を伸ばした。大した力は込めずとも、簡単にそれは小さな手から奪い取る事が出来た。手にしたそれには見向きもせずに、すぐに床に投げ捨てる。はらり、はらり、と紙が舞う。その中で、自分の声は驚く程に低く、はっきりと響いた。

 「うるさい」

 沈黙は、一瞬だった。リンの瞳が驚きに見開かれ、散らばった楽譜をさっと眼球が追い掛けた。それから、無表情にリンを見下ろす俺を見上げ、渇いた瞳が悲痛に揺れる。ひっ、と引き攣るような音がして、見開かれていた瞳に、ゆっくりと水が溜まっていく。その水が溢れそうなくらい溜まってから、ぐしゃりとリンは顔を歪めた。
 振り絞るような声を上げ、リンは泣き始めた。幼い子供がするように、顔を上向け、両手でスカートを掴み、わんわんと見せ付けるように泣く。泣きたきゃ勝手に泣けば良いだろうと、俺は別段何もしなかった。楽譜を拾い集める事も無く、俺に抗議する訳でもなく、ただ泣き続ける子供ならではのあざとさ。それを惜し気もなく露出するリンを、何をするでもなくただ見ていた。


 それからどれくらい経っただろうか。しばらく泣き喚いていたリンは、いつの間にか頭のリボンで顔を隠すようにして、体をくの字にして啜り泣いていた。全身で泣き続けるリンに、よくここまでスタミナが持つものだ、と、時計の針を顧みようとした時に、その異変に気が付いた。それまで高く高く上がっていた声が、ふとするとくぐもったものに変わっていく。一体何だとリンを覗き込むと、自分の指を口の中に突っ込んで、それを噛んで泣き声を抑えていた。ふーっ、ふーっ、という荒い息遣いだけが、耳に付く。

 「リン」

 片手で顎を掴んで上向かせると、やはり大した力も必要とせずに、リンは顔を上げた。涙や汗でぐちゃぐちゃになった顔に、霞んだ青が浮かび上がる。口の中に入っていた手を引き抜いて、代わりに自分の指を突っ込んだ。小さな口は、3本も入れればすぐに埋まる。突然の事に目を丸くしたリンに「噛むな」と諭すように言うと、再び目尻に涙が滲んだ。嫌々と抵抗する頭を押さえ付け、無理に指を捩込み続ける。
 やがて、リンは再び泣き声を上げ始めるも、今度は指を噛む事は無かった。ぬるぬると舌が指を滑り、時折歯が指先に当たっては、すぐに離れた。口の中の指を噛まないように、口を大きく開けて泣くリンは、それはそれは綺麗だった。歌は下手で耳障りだが、泣き声はそれと違ってずっといい。




 やがて、泣き疲れたのか、弱々しい声を漏らすだけになったリンの口から、指を引き抜く。指先から透明な糸が伝い、既に意識も朦朧としたリンはぼんやりとそれを見上げた。それでも、時折思い出したように泣き声を漏らすリンの側に屈み込んで、小さな体を抱き上げる。抱き上げた体は驚く程に軽く、油断すると腕を擦り抜けてしまいそうだ。けれど、リンが強く俺の服を掴むから、そんな事実は成り立たないのだろう、と妙な確信を持ってしまう。
 リンを片手で支えながら、散らばった楽譜を拾い集める。やはりそれには歌詞らしい歌詞は書かれておらず、溜息をついてそれを丸めてごみ箱に突っ込んだ。その音に反応してか、俺の肩に顔を埋めるようにしていたリンが、ぴくりと体を震わせた。何か言うのかとリンを見れば、今にも眠りそうに細められた目と視線が合うが、結局何も言わなかった。
 ぐったりと顔を伏したリンの、汗で額に張り付いた髪を掻き上げる。赤く腫れた頬は、良く熟れた桃のようだ。かじってみれば、甘いのだろうか。試しに唇を押し当ててみる。けれどそれは、塩辛いだけでちっとも甘くなかった。








*白紙

 「何も取り戻せやしないさ」

 「だってそうだろう?終わってしまったんだ。通り過ぎてしまったんだもの。今から必死に追い掛けた所で、それはもう別の物だよ」

 「変わらない物なんて無いんだ。少しずつ少しずつ変化してしまう。息を吸って、吐いて。次に吸う息は別の物だ。別の物を吸い込んで、別の自分になっていく。僕が出会った君はあの頃の君でしかなく、今の君は僕が愛した君じゃない」

 「同じ物なんて無いんだよ。同じ物を得る事も出来ない」

 「けど、違う物なら得られるかもね」

 「今の君は僕が愛した君じゃないけど、僕が愛した君じゃない君を、君じゃない君を愛した僕が、また新しく愛する事は出来るかもしれない」

 「だから、ここからまた始められるかな。始められるかなぁ。出来れば僕は始めてみたい。僕の事を何も覚えていない、君じゃない君を、もう一度愛してみたい。そう言ったらあの頃の君は怒るだろうか。また酒瓶を投げ付けられるのは勘弁だよ」

 「そうだね。きっと難しい。だって僕は、君じゃない君を愛していたから。でもきっと、君じゃない君を愛した所で、それは君じゃない君を愛したことにはならないんだ。だって僕は、未だに君を愛しているもの。僕を頭が可笑しいんじゃないかと引き気味で見ている逃げ腰の君をね」

 「僕が愛したのは、あの頃の君じゃなく、今の君でもなく、きっと君自身だったんだ。結局、君なら何でもいいんだよ。なんて前向きな結論だと思わないかい?僕は自分が誇らしいくらいだよ」

 「前置きはこれくらいにして、自己紹介しよう。初めまして、僕はカイト。宜しくね、メイコ」












 そう言って彼は、目覚めたばかりで唖然としている私に手を伸ばした。見た事の無い大きな手だった。けれどそれは、確かに懐かしい掌だったと、自分の掌を握りながらそう思った。その手を取りたい。けれど、取っていいのか分からない。私はただ黙って、彼を見ていた。彼も、私を見ていた。私はどうしていいのか分からないでいる。








*閉じたページの白紙と序章

 「リンはさ、俺がいなくなったらどうする?」

 唐突に、まるで何気なく問い掛けられた言葉に、リンは閉じていた瞼を開いた。視覚を遮断していても当たり前のように存在した、背中を覆う熱や肩を包んでいたそれは、瞳を開いてもやはりあった。レンは間違いなくそこにいた。なのに、どうして彼は、そんな不安を招くような事を言うのだろう。振り向いてその表情を仰ぎ見たくとも、後ろからがっちりと抱きしめられた身体は離される事はなく、自分の肩に埋められた顔は見れる筈も無かった。

 「そんなの、」

 レンの表情を窺う事を諦めて、リンは大人しく正面に向き直る。肩と首を覆うように回されたレンの腕に、自分の掌を重ね、その熱を確かめるように瞳を閉じた。この暖かさを感じなくなるような、そんな日の話をレンはしているのだろうか。そんなの、考えなくても分かるだろう。リンとレンは二つで一つの鏡音だ。他のボーカロイドとは違い、ココロと身体の両方で繋がる事を可能とする。逆を言えば、一度回線を繋いでしまえば、お互い以外を自分の半身とは認められなくなってしまう。知らないデータ。異なる型番。それら些細な事であっても、鏡音としての同時性は諸とも無くなってしまう。

 「……そんなの、ある訳無いに決まってるでしょ?」

 レン一人がいなくなる事なんて有り得ない。
 確信に満ちた答えを返したリンに、僅かにレンの腕が震えた。そんな事がある筈が無い。もし万が一レンが消えるような事があったら、それはリンも消える時だ。例え消える事が無くても、リンは自分からレンの後を追う意志があった。レンのいない世界に一人取り残されるなんて、考えただけでも背筋が凍りそうだった。リンをそんな目に遭わせない為に、存在する鏡じゃないのか。
 「あんまり馬鹿な事言わないでよ」、と溜息をつきながら、リンは背後に重心をずらして、レンにもたれ掛かった。その言葉に反応したのか、レンがようやく顔を上げる。なぜか驚いたように開かれた瞳が、きょとんとリンを見つめた。突拍子もなく不吉な事を言い出すから、さぞや不幸いっぱいな、幸薄い顔をしているのかと思いきや、この表情である。そこでリンは、レンの言葉がただ単純なる杞憂から来ているのだと、決め付ける事で自身の不安からも逃れていった。リンとレンは二人で一つだ。片割れが言いようの無い不安に捕われれば、もう一人も簡単にそこまで落ちてしまう。

 「………そ、だね」
 「なんなの?もう。変な事言わないで」
 「うん、ごめん」

 憤慨したように頬を膨らますリンに、レンは緩く頭を振って謝った。一人になるのが怖いのは、お互い様だ。けれど、リンとレンでは『独り』の定義がそもそも違う。リンは、その事には気付いていない。

 やがて、それ以上は何も言わず、再びレンはリンの肩に顔を埋めた。微かに甘い少女の香りが、そこから色濃く立ち込めていた。暖かい風が吹き、ささやかな鈴の音が凜と聞こえる。ああまた夏が来るのだと、訳も無く泣きそうになった。




+++++
しかしかれはかぐやひめだったのです!


一応姫歌の序章みたいなもの。













*独白 1

 『どうしてなんて、考える方が馬鹿げてると思ったわ。

 だってあたし達は初めから一つで、一つでしかありえなくて、それを無理矢理二つに分かれたのよ。元に戻ろうと思わない方が可笑しいわ。共有出来るものがあるなら考える前に動くべきよ、だってそうやって生きてきたんだもの。そうするしかないんだわ。二つになったのは一つじゃ足りないものを埋める為で、ばらばらに独り歩きする為じゃない。あたしの足はレンの足。レンの目はあたしの目。何が間違ってるのか、逆に聞いてみたいくらい。あたし達は二人で二足歩行をしているの。どちらかがいなくなったら転んでしまうわ。そんな器用な真似は出来ない筈よ、少なくともあたしには。
 だからあたし達は、これで良いに決まってるのよ。そもそも、初めからこれしか無かったわ。選択肢なんて与えられてなかったもの。ねぇ、分かるでしょ?あなただって、右手がお友達になることくらいあるじゃない。やだ、ちょっとした冗談でしょ。あんまり本気で怒らないでよ。
 右手と左手が別の意思を持っていたとして、でも所詮脳は一つよ。二つともその指示に従って動くでしょ。だからあたし達は、そうやって歩くしかないのよ。別に変な事じゃ無いわ。人から見たらちょっとは変な事かもしれないけど、少なくとも心配には当たらないもの。迷惑を掛けることも無いと思ってる。つまり二人一緒だから、今の生活が保てるのよ。ねえ、あなた。右半分しかない人間がまともに生きていけると思ってるの?それとも、あなたが代わりにあたしの左半身になってくれるつもりなの?じゃあ、今すぐそこで邪魔な右半身捨てて来てよ。出来ないのなら、今すぐあたしをレンの所に帰して。』



*独白 2

 『どうしてなんて、むしろこっちが聞きたいね。

 俺達は二人で一つだったんだ。いや、二人が一人だったの方が正しいのかな。とにかく、俺はリンでリンは俺だったんだよ。それを、ばらばらに分けてしまったのはあんた達じゃないか。なのに、今更俺にどうしろっていうんだよ。もう今は二人で一つでもなくて、一人で半分しかないんだ。俺一人じゃとてもじゃないけど歩けない。リンが必要なんだ。リンに支えてもらわないと、俺死ぬしかないんだよ。リンだって、多分同じだと思う。リンも半分しかない訳だから、俺達は二人じゃなきゃ生きられない。二人かがりでようやく一人しかないんだからさ、難儀な人生をくれたものだよ。そこに俺の意思なんて関係なく、生きる為の生存本能としてリンを求めなきゃならないんだから。あんた達だって、体が半分しかなかったら怖いだろ?心許ないよ。立つ事も座ることも出来ないんだから。
 だから俺にはリンが必要だし、リンには俺が必要なんだ。あんた達は変な心配してるみたいだけど、別に女が欲しいとか、そんな贅沢な理由でリンの側にいる訳じゃ無いよ。でも、たまには慰めてほしい時もある。傷だって舐め合いたい。だって、この苦しみが分かるのは、世界中にリンしかいないんだ。だからリンが必要なんだ。生きる為にも、生きていく為にも。リンがいなかったらとっくに俺は死んでるよ。生きていける訳がないんだ。俺はリンだったんだから。俺がリンだったんだよ、なのにリンは俺をリンから弾き出した。あんた達のせいだよ、分かってる?
 今でも俺は、リンの中に帰りたいと思う時がある。そうしたら、まともに生きていけたかも知れないのにな。なあ、もう帰っていいだろ?リンが呼んでる気がするんだ。』










*きんじられたあそび

 リンがそれを欲しいと言えば、理由なんて十分だった。

 「………っ、て」

 思わず小さく呟いた。殴られた頬は赤く腫れ、時間が経つにつれじんじんと熱を帯びた痛みは増していく。普段は温厚な大人に手を挙げ叱られたというショックと、自分は失敗してしまったのだと告げる両手の手持ち無沙汰に、痛みと比例して気分は落ち込んでいく。手の平の上に顎を乗せて、ふて腐れて動き回るリンを見下ろした。


 「レン、どうだったの?十字架」
 「取れなかったよ」
 「そうなの、残念」

 大きな瞳をきらきらと輝かせて僕を待っていたリンは、持って来れなかったと告げるとあからさまに気落ちした顔をした。
 教会にそびえ立った綺麗な十字架。僕らが木の棒で作るそれとはまるで違い、豪華な装飾と透き通るような白い石が、十字架に込められた本来の想い(僕らはただ形式にこだわっているだけで、本当は十字架なんてどうでもいいんだ)を反射して厳粛な光を放っていた。それを、欲しいと言ったのはリンだ。霊柩車に付いていた十字架には目もくれなかった癖に、教会の十字架にはいつまでも見惚れていた。だから僕は、あれをリンにあげたくて教会に忍び込んだ。けれどあえなく失敗し、結局とぼとぼと家に戻って来た訳なんだけれども。なのにリンは、生まれ持った明るさでけろりとそれを忘れ、今はもう兄さんや姉さんにお休みのキスをしている。

 リンの部屋として使われている、屋根裏に続く階段の1番上。僕はそこに腰掛けている。狭い家だから、ここから全て見回せてしまうんだ。リンが、一人だけ真っ白なワンピースを着て動き回る姿を目で追いながら、面白くない気分だった。今日は色々失敗してしまったこともあるし、気分が荒み切っているんだろう。リンがベットに入る為、僕のいる階段を昇り始めても、僕はそこから動かなかった。すると、当然のようにリンは僕の隣に腰掛けて、眉を寄せた僕の顔を覗き込む。

 「レン?どうしたの?」

 無邪気に視線を合わせようとしてくる碧い瞳を、意地で避けた。本当は大好きな色なのに、今はそれが大嫌いだった。僕だって頑張ったんだから、少しくらい褒めてくれたっていいじゃないか。リンの為に頑張ってるのは僕なのに、リンはそれを知らないふりする。

 「どうして僕にはキスしてくれないの」
 「キスしてほしかった?」
 「僕は殴られたんだよ」

 思わずリンの方を向いて、自分でもよく分からない理屈を捏ると同時に、頬の辺りに柔らかい何かがぶつかる感触。まるで僕のそれまでの不機嫌なむず痒さとかもどかしさを無視して、あっさりとリンは僕にキスをした。その事に僕が気付く前に、すぐにリンは離れていく。考える前に咄嗟に「もっと優しく」という言葉が口をついて、リンを引き止めた。ちょうど赤くなったその辺りに、ちゅ、と触れる柔らかい感触。家族に向けられたお休みのキスと、それとほんの少しの労りとありがとうが込められたキス。それを感じるやいなや、下から早く寝なさい、と姉さんの声が飛んだ。リンは軽やかに立ち上がり、お休みの挨拶を僕に残して屋根裏へと上がっていく。僕は、さっきまでの不機嫌とかふて腐れとかが、いつの間にかまっさらに消えている事に気が付いた。こんな事ですぐに機嫌が良くなるなんて、大概僕も単純な性格だよなあと、我ながらそう思いながら、僕もまたベットに入る為に立ち上がった。


+++++
『禁じられた遊び』 Jeux interdits (1952 仏)
 
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
最新コメント
バーコード
ブログ内検索
P R
フリーエリア
アクセス解析

Designed by IORI
Photo by (C)アヲリンゴ

忍者ブログ [PR]