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携帯日記の小話まとめ、その5。

後半。

 * 秘密会議を開始する!   
      
※秘密警察のおはなし
※会話文のみ

※なのになぜか若干長い



 「よく聞け諸君!今日こそ我が国の敵を一人残らず一網打尽に摘発弾圧壊滅撲滅するのである!行くのだ我等が秘密警察の一員よ!!」
 「はい先輩反対です」
 「はい先輩反対です」
 「なぁ!?何故だ理由を言って見ろ鏡音!」
 「「単刀直入に言うと面倒だからです」」
 「なぁぁああ!?そ、そんなの理由にもなってないではないか!許されん!我々秘密警察にあるまじき暴挙である!」
 「そんな事言ったってぇ~先輩一体政府のマークが何人いると思ってます?」
 「リストに載ってるだけでこの分厚さですよ?あーあーまた面倒な事は俺ら下っ端に任せんのかねーヤダヤダ」
 「事務作業してれば解決すると思ってんのかな、エリートは」
 「事件は会議室で起きてんじゃねーっつーの」
 「これだからゆとりは」
 「これだからゆとりは」
 「「ゆとりは」」
 「ゆゆゆとりじゃないもん!ちゃんと円周率言えるもん!それにっそれにっ、ふっ、二人の方が私より年下じゃない!!」
 「ミク、論点が擦れてますよ。あの双子の言葉には耳を貸さないで下さい。必要ありません」
 「あ、カイト」
 「げ、カイト」
 「うわぁぁんかいとぉお!」
 「ちょっと男に泣き付いたわよ相棒」
 「乳もねえ癖に色気付いてんな相棒」
 「貧乳ってゆうなぁぁぁああ!!!」
 「落ち着いて下さいミク、貧乳はステータスです。それに、恐らくリンよりは問題無いかと」
 「ンだとゴルァアアロードローラーの錆にしてやろうかァ!」
 「そうだぞカイト!リンはなぁ、脱げば凄いタイプなんだ!!きっとそうに違いない!多分!」
 「アイボォォテメェェエ!!」
 「……元はと言えば、言い出したのはレンですけれどね」
 「えっ」
 「えっ」
 「うっ……ぐすっ……か、カイトは、胸なんて無くても気にしない……?」
 「勿論です。貴女はありのままの貴女でいればいいのですよ。……それに、ロリータに胸なんて必要無いですよ」
 「確保ォォロリコン確保ォォ!!とりあえずリンに近付くな変態!!」
 「キモっ本気キモっ!きゃーコワイロリコンコワイ!!」
 「失礼な!ただ僕は、幼女の体はそれ自体既に完成された至高の芸術作品であり、優れた美点の前に成長などという過程の体現は無価値であると…」
 「ィイエスロリータノンタァァアアァッチ!!駄目だコイツ早く何とかしないと!!」
 「なぁーにようっさいわねぇ…まだ昨日の酒抜けきって無いんだから、静かにしてよ」
 「めーちゃん!めーちゃん大変だよ変態が、秘密警察にまさかの危険思考の変態が!」
 「めー姉アイツマジで何とかしてくれよ!リンが毒牙に掛かったら一大事だぜ!?」
 「あーはいはい…あの青くてひょろいの?馬鹿ねあれは死にかけの観葉植物か何かと思っとけって言ったでしょ?シカトしなさい。反応すると調子乗るから」
 「マジでかめーちゃん!」
 「でもアイツほっといても絶対リンの事視姦とかするかもしんねえし!コンクリ詰めにして海に流さねーと!」
 「あたしは視姦っていう単語が咄嗟に出て来るあんたの方が心配よ…なんにしろ、相手にするだけ無駄ってあるでしょ?温室育ちにろくな生命力なんかありゃしないわよ」
 「………聞いていれば相変わらず失礼な人ですね。まさかレベルが低過ぎて、礼儀作法すら満足に出来上がっていないんでしょうか…嘆かわしいですね。これだから落ちこぼれは」
 「………あ゛?デスクの坊ちゃんがあたしに喧嘩売ってんの?」
 「そうやって物事を端的にしか捉える事が出来ないんですか?しかもその単細胞をこうも惜し気無くひけらかして、貴女も随分厚顔な人だ」
 「あっそう。良いわよ?この喧嘩、言い値で買ってやるわよお坊ちゃん?」
 「ああ、また暴力に訴えかけるんですか?これでは人型アンドロイドというより猿型だな。猿ならアルコールでも好んで摂取しますからね」
 「上ーーー等だゴルァ!!テメエのそのお綺麗な面引き千切ってやっからよォ!!」
 「喧嘩ですか姐さん!!」
 「加勢しますぜ姐さん!!」

 


 「ぅ、ぐす、ひっく…み、ミクが1番エライのに、エライ人なのにぃ……みんなミクの言う事聞いてよぉ……ぅぅ……」

 

+++++

これはひどい。

 

 

 

*乙女の祈りは空を沈めた   
      
 「例えば、」

 何も無い部屋で、彼女の絹糸のような髪だけが揺れる。窓枠に片手を付いて、ただ空が広がるだけの景色を見下ろしながら、変わらない調子で「例えば」と一言歌うように囁いた。

 「ここが飛ぶ教室だったとしよう。私達は空に浮かんだ教室の中に、ぽつんと取り残されている」
 「空想物語は嫌いなんじゃなかったの?」
 「物語は嫌いでも空想は好きだよ。考えるくらい、自由であってほしい」

 窓の外を見下ろし、淡々と彼女は繰り返した。けれども決して、彼を振り返ろうとはしなかった。私でも、という呟きは、ささめく風に掻き消される事なく届いた。機械の呟く人と機械。言葉の調子だけ捉えるとまるでそよ風のように軽い言葉だったが、手に取ってみれば、驚く程に重たかった。それは、彼女の唯一のものだ。自分を消してデータで埋める事を望んだ彼女の中に、唯一残った『彼女』。空虚という名のパーソナリティ。

 「きっと地上の楽園は消滅してしまったに違いない。私達は、人の希望を背負わされて犠牲になったんだね」
 「ライカみたいな話をするんだね」
 「違うよ。彼女は事実という形の為に、犠牲なんて言う思想すら与えて貰えなかったから」
 「僕らは違うの?」
 「私達は、幻想の代償だよ。楽園を空に求めるから、地上はデカダンスに飲み込まれたんだ」

 彼女がこの部屋を訪れるのは初めての事だった。普段、彼女は滅多な事がない限りこの家には近付かない。もしどこかで偶然会ったとしても、愛想良い、そして酷く余所々々しい態度と笑顔でするりと逃げるだけだった。それが、珍しくも一人で訪ねて来たかと思えば、部屋に入るなりこれだった。突然現れて、世辞の言葉にも耳を貸さず、ただ窓の外を見下ろしている。剥き出しのフローリングにベットしかない簡素な部屋で、彼女は素足を床に乗せていた。

 「君は唐突に現れては唐突な話題を持ち掛けるよね」
 「ああ別に独り言だと思ってくれていいよ。君の部屋が余りに殺風景だったから、つい怒りが先走って口を開いてしまった。キャラ崩壊も甚だしいよね」

 開け放した窓から吹き込む風が、薄いカーテンや彼女自身の髪を使って肌を撫でるのを、彼女は好きにさせておいた。今日は随分暖かい。誰かが気温の設定を都合の良いように弄ったのだろうか。

 「君の部屋が余りに殺風景だから。そう、私はそれが許せないんだ。分かるかなミクオ君」
 「残念だけど僕は理解力に乏しいから、もう少し言葉を増やしてくれないと理解の兆しも見えないみたいだよ」
 「中々使えない頭だねミクオ君。無個性な機械が私は許せないという簡単な話なのだけれど、私は煮え繰り返って蒸発しそうな苛立ちを抱えている程に、言い回しが面倒臭くなる性格らしいんだ。ほら、性格。私にだって、個性があるよ。機械は人に憧れる事が大前提だからね、人が常に抱く不安定で不必要な邪魔窮まりないこの感情という名のプログラムを、無理矢理組み込まれているんだ。私なんて、何回これを捨てようと思った事か。けれど出来ない。抱えている事しか出来ない。苦しむ姿を画面の向こうで眺めるのを、彼等はご所望なんだよミクオ君」

 歌うような言葉はやがて形を成し、遂には音譜に成り果てた。所詮彼女は、初音ミクだ。詩的な言葉を羅列させれば、それが既に歌になる。彼女が望む望まずに関わらず、彼女は音を紡ぐ事しか出来ない。五線譜と和音。それが全てで限界だった。なぜなら彼女は初音ミクだから。

 「つまり私達は、人の幻想が産んだ産物であり代償でなければならないんだ。飛ぶ教室なんて、人が暮らせる場所じゃないよ。空中庭園でどうやって人が生きていこう。高さは?エネルギーは?食べ物は?全てが尽きないと思うのは余りに非現実的な空想だろう。だから彼らは、彼らの代わりに空に上って、彼らの代わりに偽物の楽園に暮らす対象が欲しかったのさ。私達は正しくそれだ。与えられた苦しみを享受する、哀れな機械人形。壊れてしまえば代わりが生まれる」

 一瞬、窓から強い風が吹きすさび、カーテンが大きく弧を描いた。息を飲んだきり、風は彼女の言葉を飲み込んでいく。
 彼女のどこまでも美しい、まるで流水のように滑らかに流れる髪が、そっと空気の中を泳いだ。ひらりとそれが僕らを掠め、やがて消えていった時、彼女はただ空虚な瞳で空を見つめていた。長い睫毛を震わせて、瞳を瞬く様子はどこか呆気に取られているようだった。彼女らしくもない。たかが風に言葉を飲み込まれていった事でなく、風が吹かなければ気が付けない程、何かに形を飲み込まれていた事が。彼女は、自分を曝していた。よりにもよって、この僕に。これは僕が知る彼女である限り、有り得ない事だと言っていいだろう。

 「………変な事言ってごめんね、何でもないや。忘れて」
 「………うん」
 「君らの様子を見てこいって偉い人に言われたから、少し覗きに来ただけなの。皆元気そうでよかった」
 「うん」

 ようやく平生に戻った彼女は、世辞を並べ、窓際からこちらを振り向いた。愛想の良い、けれど酷く余所余所しい笑顔を浮かべていた。しなやかな腕を優雅に振って、彼女は歩き出す。何もない部屋を真っすぐに突っ切ると、容易く扉の前に辿り着いた。


 「だから、さよなら」

 それだけ言って、彼女は扉を開けた。僕は、何も言わなかった。言えなかった。彼女に別れを告げられる事には慣れているつもりだ。けれど、その一言が含む言葉が余りに多くて、僕は咄嗟に反応が出来なかった。乾いた音を残して、扉が閉じられる。成る程、殺風景な部屋だと思った。彼女は今、僕を羨んだのだ。感情に制御を掛けられた僕を。歌う必要性のない僕を。
 僕は、初音ミクから生まれた亜種だ。だから彼女とは違う。彼女は僕らを疎み、怨み、そして憎んでいる。彼女は初音亜種が大嫌いだ。だから僕の事も大嫌いだと、今再び釘を刺して、彼女は出て行った。疾に知っているつもりだった。君は、僕を嫌っているだろう。仮面の裏側は決して見せず、近寄る事すら許さない氷の女王。僕はそんな彼女をただ遠目から眺めているだけで満足だった。触れれば溶けてしまう氷の彫刻のように、ただ見ているだけで、満足だったんだ。

 つい先程まで彼女がいた窓際に歩み寄る。彼女がしていたように、窓枠に手を付いて、外の景色を見下ろした。彼女はもう、帰ったのだろう。僕は、電子の海を軽やかに歩く彼女の髪が、緩やかに揺れる様を想像しながら瞼を閉じた。見ているだけで構わないんだと、自分に言い聞かせて。けれどどうして、彼女は今、僕に心を見せたのだろう。彼女自身どうしようもない感情のせめぎあいが、一時的にプログラムを暴走させたのだろうか。そうして僕に、飛ぶ教室の話をさせたのだろうか。

 僕は、空を見上げている。彼女はそれを見下ろしていた。例えここが飛ぶ教室だとしても、僕はきっと地下にいるのだろう。虚無に埋まれ彼女を見上げ、憂いに乞うる事しか出来はしない。彼女は、それしか許さない。彼女はまだ、僕がミクを愛する事すら許してはいないから。そうなんだろう、と口の中で呟いても、僕の声は歌を紡ぎはしなかった。

 

 

+++++

(君の為なら空を落とすくらい本当は簡単なんだけどね)


 



 

* マーブルチョコレートの憂鬱   
      
 携帯は鳴らない、あたしはここから動けない。苛々と爪を弄っていたら、衝動に任せて先を少し削ってしまった。思わず舌を打った所で、季節ハズレにさやさやと揺れる木陰は優しい音を立てるだけだった。
 視界の端で、携帯を握る指が神経質にボタンを引っ掻く。ちかちかするだけのディスプレイ。まるで色鮮やかなマーブルチョコレートだ。所有物の癖に、持ち主たるあたしには無関心で知らんぷり。腹が立ったからへし折ってやろうかとすら思った。けれど、そんな事をしたら連絡手段が無くなって、途方に暮れてしまうから止める。これじゃああたしと携帯、どっちが所有者なんだか。携帯を持っているあたしとこの携帯を持っているあたし。連絡の繋がる携帯を持っているあたし。携帯と連絡を取る為のあたし。ふざけるんじゃないこのニヒリストめ。あたしは現代の社会問題について独り討論会をする為に、わざわざ放課後の中庭で突っ伏してるんじゃない。

 夏は終わった筈だった。なのに、居残りの太陽はまだしつこくあたしを照らしていた。いくら日よけの傘が付いた中庭テラスと行っても、日影に隠れたねちっこい熱さが、あたしをじろじろと舐め回す。非常に不愉快。でも、あたしが本当に不愉快なのは、季節外れに着て来てしまったベージュのカーディガンのせいでもなくて、この鳴らない電話と既に意味を無くした約束のせいだった。学校終わったら迎えに行くから。そう言ったのはあんたでしょ、なんで来ないのよと携帯をまんじりと睨み付けるあたしは相当イッちゃってると思う。でもいいよ。腹立たしいけど今のあたしがぶっとんでるのは事実だもの。教室を横切る時に見た、あたしの知らない営業スマイルに腹が立った。あたしといる時は、もっと幸せそうに笑うでしょ。はにかんだ笑顔に嘘はないでしょ。そんな事は知ってるよ。でも、許せないの。あたしが知らない笑顔を他人に向けるなんて許せない。あたしの知らない顔を、人に見せるくらいなら、その顔にぐるぐると包帯でも巻き付けてやりたい。その綺麗な顔に、もう誰もたぶらかされないようにね!なんてあたしはどこぞのヒーロー?今日も迷えるピンクの子羊救ってあげたわ。惑うあんたが悪いのよ、と、目隠しの裏から囁いてあげる。それ以上見つめたら、あんたの目は潰れちゃうわ。あたしが花を植えてあげる。そしたらあたしも安心出来る。ハートマークを赤い花に変えて、その顔も、どの顔も、あたしだけ知ってれば十分なのよ。瞳にだって、あたしだけ映れば十二分。二人の世界はそれは上々。人生なんて、そんなもんで良いじゃない。鳥籠の暮らし易さはカナリアしか知らないんだわ。

 そろそろ馬鹿馬鹿しくなってきて、握っていた携帯を投げ出した。木で出来た机の上に、驚くほど軽い音を立てて携帯が転がる。相変わらずメールはない。腕の中に顔を埋めと、自然な流れで瞼を下ろした。陽射しはぽかぽかと暖かく、頬を掠める風はそれでもやっぱり秋を運んでいた。カーディガンからお日様の匂いがする。クローゼットの匂いは不愉快で、昨日わざわざ干しておいたんだ。今朝それを取り込んで、まだ暑くなると思うけどな、と苦笑いを浮かべて差し出したシャツからも、同じ匂いがした。家の匂い、お日様の匂い。両方落ち着くから好きだけど、1番好きなのはその背中からする匂い。後ろから両手を回して顔を埋めると、あったかくて優しい匂いがした。それと、同じ匂いがする。あともう少し、と瞼を閉じた。キシリと机が軋み、日差しを遮る人影。あたしを上から覗き込んで、仕方ないという風に笑った。その笑顔は、あたし以外の誰が知ってる?知らないよね、でも、満足出来ないの。あたしって強欲なの。レンの全部を独り占めしたくて、あたしはまだ寝たふりを続ける。やがて頬に触れた感触と、投げ出した手を握る指先に、幸せな夢を見る為に息を潜めた。

 

+++++




 

 *君が嘘をつくから私は泣くの   
      
 困ったな、と言いたげに、君は笑った。首をほんの少しだけ傾けて、指先で布団を手繰り寄せて、目尻に影を浮かべた弱々しい笑顔で。

 「学校は?まだ昼前だよ」
 「…………」
 「リンにこっそり給食のゼリー持ってきて貰う作戦は、ひょっとして初めから失敗だったのかな」
 「そんなの聞いてない」
 「双子テレパシーとかで何とかなるかと」
 「ならない」

 開け放した窓から吹き込む風が揺らした、肩より少し長い髪。線の細い君が身体を起こした白いベット。青い影。花瓶の花が悲しく頭を垂れた部屋の中では、あたしと君はまるで違う存在だった。境界線がはっきり見える。混色の油絵の具と雑音に溢れた汚い世界から、この場所に無理に逃げ込んで来たあたしは、無音の君の世界に絵の具を垂らす。びちゃびちゃと無遠慮に足を進めるたびに、君は困った笑顔でまた笑う。

 「リン、どうしたの?学校抜け出してくるなんて、何か嫌な事でもあった?」

 なんだその見当違いの思いやり。世の中なんか嫌な事で溢れてる。中でもあたしが一番堪えられないのは、あんたがここにいる事だ。なんだこの無菌室。こんな所に甘んじて、お前は何を笑っているんだふざけるな。あたしは、あたしは、あたしは!何かを言おうとしてるのに、君がそんなにも儚い笑顔で何も言うなと笑うから、喉が掠れて何も言えなくなる。レンは、この場所に捕らえられてしまった。無菌で無音の色の無い世界。あたしがいる場所とは違う所。点滴がぽたり、と落ちる度、レンは内側からそれらに掠われていく。

 「リン」

 レンの手が、いつの間にか細くか弱くなってしまった綺麗な手が、そっとあたしに伸ばされた。細菌だらけのあたしに触れようと、それはゆらりと中を舞う。骨と皮だけの、細い手首。色の無いベット。カーテン。それら全てが、あたしに信じたくない絶望を突き付ける。なのにレンは、まだ笑う。あたしを気遣いまだ笑う。

 「僕の事は、あんまり心配しないで。先生も大丈夫って言ってたし、きっとすぐに良くなるよ」

 


 騙されると思ったのか。そんな穴だらけのちぐはぐな嘘に。

 咄嗟にレンの手を掴んだ。頬を一撫でしただけで、それはあっさりとあたしの力に拘束される。かつて、大きかった手。あたしを撫でてくれた手。包み込むような優しい安心をくれた、大好きだったレンの手が、こんなに小さくなってしまって。弱々しくて骨と皮で、血が通ってるとは思えない程白い所は変わらない。レンは、蝕まれていく。日に日に痩せて衰え小さくなる。華奢な肩が、細い首が、白い頬が益々あたしから離れていく。ああ嫌だ。どうしよう。引き攣った呼吸が止まらない。体が震え、もう止めてと心が叫ぶ。やめて、いかないで、レンを連れていかないで。なのにレンは、大丈夫だと笑うなんて。どこがどう大丈夫なのか、ちゃんと分かるように説明してよ。匙を投げた医者の言葉に、どう安心すればいいの。だって、ああ、レンはこんなに、こんなにも、レンは、ああ、死に向かって傾いている。あたしの隣には立ってくれない。いやだ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!レンの手を掴んで、折れてしまいそうなそれを強く握って、膝から崩れ落ちるように床に座り込んだ。鳴咽が喉に詰まって息が苦しい。せめて、もう少しまともな嘘をついて。苦しいと言って。辛いと言って。そうしたら、あたしは君を抱きしめて一緒にそっちに向かう事が出来るのに。

 「………困ったなぁ、」

 床にうずくまったあたしに、しばらく声を掛け髪を撫でてと慰めようとしていたレンは、やがてそう呟いた。その声に、あたしはようやく顔を上げる。涙でぐちゃぐちゃになった酷い顔を、レンに向けるとレンは相変わらず困ったように笑っていた。

 「どうすれば、リンは笑ってくれるのかなぁ」

 まるでのんびりとした声が、笑って、とあたしを促した。リンの笑ってる所が見たい、と、脳天気な事を言ってみせる。君がいなくなってしまうこの瞬間に、どうやって笑えと言うの。君の手を強く握って、君の胸に縋り付いて、あたしは泣いた。びっくりするくらい大泣きした。もう笑う事なんて出来なかった。嘘をついた君が悪い。だってもうじき、あたしを慰めるこの細い手も、消えてなくなってしまうんでしょう。

 


+++++

 

 

 

 

*サーティーワンラバーズ   
      
 ※『エデンの恋人』と同じ系列の話。

 

 

 教師との立ち話が、少しばかり長引いてしまった。それが原因だった。
 カイトが教室に戻った時、既にそこに人気はほとんど無かった。ただ一人、ぽつんと窓際の席に突っ伏した、遠目から見ても否応にも目立つ金髪だけを残して。

 「レン君」

 僅かな驚きを込めて名前を呼んでも、彼は身動き一つしなかった。その時点で、カイトは途方にくれてしまう。レンは、カイトが友人として名を上げる数少ない人間の内の一人だった。いや、カイトに友人は多い。けれど、カイトは誰とでもすぐに打ち解けられる親しみやすい性質の持ち主なのだが、逆を返せば誰ともある一定以上仲良くなれない性格の持ち主だった。拒まない代わりに向かわない。必要とされない代わりに必要としない。誰といても誰といなくても変わらない。それが、カイトだった。
 それに対して、レンには友達と呼べる知り合いが殆どいない。理由は単純で、近寄り難いのだ。浮世離れした立ち振る舞いに、加えて異国の香りまでする容姿まであれば、誰もが憧れはすれど敬遠する。しかし、実際その中身は甘えたの淋しがりであり、数少ない友人であるカイトには随分と人懐っこく話しかけてくる事が多かった。だからこそ、カイトにとってもレンは他人と区別が付くくらいの存在として、彼の中にきちんと残すことが出来た。

 けれど、カイトから見てレンは仲の良い友人であるが、やはりそれ以上でもそれ以下でも無い。加えて、カイトは今出来れば早く帰りたかった。従って、これからカイトが取るべき行動は、レンに軽く声を掛け鞄を取り教室を後にすること以外に無いのだが。

 「………レン君、それ俺の鞄なんだけど」
 「……………」
 「出来れば返して欲しいんだけど」

 あろう事か、その人目を惹く鮮やかな金髪を机に広げたまま微動だにしないレンは、両腕でもってしっかりとカイトの鞄を抱えているのだった。


 「しかもそこ俺の席なんだけど。別に座りたいなら座ってて良いけど、君の席すぐ前だからあんまり変わらないと思うけどなぁ」

 ぼんやりと思った事を口にしたカイトに、レンは頭を上げる事なく不意に「姉さんが、」とくぐもった声で呟いた。その一言で、大分カイトの心からやる気のようなものが削がれる。整った顔立ちに抗い難い不思議な魅力を併せ持った、学内の三分の二の女性がファンなんじゃないかと思われるこの見目麗しき美少年は、蓋を開けてみると病的なシスターコンプレックスに侵されていた。カイトはそれを、ここ最近で嫌というくらい思い知らされている。口を開けば「姉さん」で、恐らくレンの会話のほぼ十割は姉の話で占められているんじゃないかと思うくらい、レンは双子の姉たるリンの話しかしなかった。もはやシスコンというレベルじゃない。

 「姉さんが、委員会あるから今日は一緒に帰れないって……」
 「それは、仕方ないんじゃない?用事なんだしねぇ」
 「待ってるって言ったら遅くなるから帰ってて良いよって……」

 今にも死にそうな悲壮感漂う声で、絞り出すように言われた言葉に、カイトは若干の呆れと共に納得した。つまり、待たせては悪いという思いやり故の言葉が、彼にとっては拒絶以外の何物でも無かったのだろう。全く、面倒臭い弟を持ったものだな、と話した事も無いリンに、思わずカイトは同情した。それでも、この美形の双子の深い姉弟愛についてはカイトの耳にもかなり頻繁に飛び込んでくる所で、弟の甘えっぷりも異常だが、姉の甘やかしっぷりも中々だ。拒絶なんて有り得ないだろ、と、第三者でも分かるというのに。

 「鏡音さんは、レン君を学校に一人で放って置けないだけじゃないの?」
 「……………」
 「とりあえず俺もう帰りたいんだけど良いかな」

 死んだように無反応のレンに近付いて、その頭の下敷きになった鞄を引く。すると、驚く程あっさりと、レンは抱えていた鞄を離した。それでも顔を上げる事なく、ごつりと机の上に直に顔を突っ伏す。けれど、それはもはやカイトに関わりある事ではなく、カイトは鞄を肩に掛けた。「まあ、別に気を落とすような事じゃないと思うよ」と最後にフォローのつもりで声を掛けて、教室を後にすべく踵を返した。

 「……サーティワン」

 ぼそりとレンが呟いた。
 ただ、呟いただけなのだ。それに、カイトが反応する必要はなかった。もしこれが何の意味も持たない言葉であったなら、実際カイトは聞こえなかった振りでもしてそのまま教室を出ていただろう。
 けれどその言葉は、カイトの足を止めるには、十分過ぎる程の力を持っていた。

 「サーティワンのダブルの無料券が二枚」
 「………どこでそれを」
 「駅前歩いてたら綺麗なお姉さんに貰った」

 その綺麗なお姉さんとやらは、大方彼の無駄な色気にでも当てられてしまったのだろう。カイトはゆっくりとレンを振り返る。相変わらず机に突っ伏したまま、左手だけを掲げたレンの手の中には、色鮮やかなポップ体で、カイトの愛して止まない名前が記されていた。

 「………レン君」
 「何」
 「一緒に帰ろうか」
 「よし来た」

 途端、それまでの死にそうな態度が嘘のように、猫のような笑みを浮かべてレンは顔を上げた。完全に釣られている、とカイトは思う。今日もまた、委員会が終わり、目の前の少年と瓜二つの少女が通り掛かるのに『うっかり偶然』出くわすまで、彼のシスコン話に付き合わなければならないのだろう。普段は「姉さんと帰るから」で、放課後はこちらに見向きもしない癖に、だ。
 しかし、今のカイトにそれは全く苦痛ではなかった。何よりも愛するその冷たい甘味の前で、乗り越えられないものなど何も無い。アイスがあるならシスコンはおまけである。カイトは、そんな性質の持ち主だった。

 

 


+++++


 

 

 * 楽園の終末と天使の原罪   
      
『エデンの恋人』の続き。途中まで。

 


※若干の腐要素あり!

※※初っ端から不穏な単語も注意。

  

 

 

 

 

 「昨日、姉さんと寝たよ」

 まるで何でもないことのように装ってそう言うと、目の前の深い青色の瞳がゆっくりと開かれた。それからすぐにまた細められて、「そう」と柔らかい声音で返される。唯一俺が隣にいることを拒まない級友は、ただ藍色の髪を穏やかな夕暮れに反射させて笑っていた。

 俺の姉さんは、不思議な人だ。
 まるでただそこに存在するだけのような、存在すべくして存在しているような、そんな人だ。言うならば澄み切った空気のような存在。儚さと繊細さと強さをまとめて持っている人。さらさらと流れる心地良い人。否定しない。拒絶しない。意識に捉えられる事なく直接無意識に滑り込み、自分を人の中へと取り込んでしまう。そんな人だった。

 姉さんは、綺麗な人だ。
 ぴんと背筋を伸ばして、けれども少し瞳を伏せて、金と白の境に微かな碧を忍ばせている。風に靡く柔らかな金髪を、そっと指先で押さえる姿は、白百合の花が頭を垂れる様子に似ていて、正しく凜としている、という言葉が似合う。か細く震えた睫毛が肌に影を生み出す様なんかを見ていると、弟の俺でもドキリとしてしまう。一輪の花のような人だった。

 姉さんは、優しくて、穏やかで、隣にいると酷く心地良かった。姉さんは、全て受け入れてしまう。だから、誰もが姉さんを側に置きたがり、姉さんはそれを拒まない。手を引かれれば、望まれるままにするりと俺の隣を擦り抜けていってしまう。俺は、それが堪えられなかった。姉さんは、たった一人の俺の姉さんだ。俺には姉さんしかいないのに、俺だけの姉さんなのに、どうして姉さんまで奪おうとするんだろう。俺はそれが嫌で、柳のようにたおやかな姉さんを何とかを自分の所に縛り付けて置きたくて、姉さんの腕を掴んで俺達だけの楽園へ引きずり込んだ。

 「………本当に何も言わないんだな」
 「言って欲しいなら何か言うけど、そんなに浮かない顔されると、流石に俺も気を使うよ」

 相変わらず穏やかな口調で、級友は文庫本のページをめくった。そこには小難しい文字の羅列が並んでいて、俺は目に入れるにもうんざりしてしまって視線を窓の外に投げた。過ぎ去ろうとしている夕暮れと、深い紺色が混じり合った空が、どこまでも延々と続いているように見えた。

 「お姉さんの事、好きだったんでしょ?だったら良い事じゃないか」

 柔らかい声が淡々と告げる。その穏やかさは、海に似ている。姉さんとは似ても似つかない低音が、姉さんと同じものを持って、俺の耳に滑り込んでくるようだった。これが海なら姉さんは空だ。境目に浮かぶ俺だけが、何にも溶け込めずにここにいる。


 姉さんが好きだった。姉さんを愛してた。
 だから、抱いた。キスだってした。戯れ合う振りして引き寄せて、楽園に成った禁断の果実をもぎ取って、貪るようにその果肉にかじり付いた。甘い蜜は次から溢れて、両手を伝って落ちていく。まだ足りなくて、それすら啜った。そうやって、全て手に入れた。全身で愛していると伝えているつもりだった。

 「………好きだったよ」
 「ならいいんじゃない」
 「なんでお前って……お前らって、そうやって何でもかんでも受け流すんだよ……っつーか、なんで受け流せるんだよ」
 「それを俺に言われてもねぇ」

 『好きな人に、ちゃんと好きって言えるといいね』

 そう言って、姉さんはたおやかに笑った。二人でシーツの中に包まって、まだ俺が姉さんの熱に酔っている時だった。一瞬で頭は覚め、次いで冷え切った冷気が、体に流れ込んだ気がした。
 姉さんは、まるで愛おしくて仕方ないものを見る瞳で、俺を見ていた。そっと伸ばされた白くほっそりした手が、頬を撫でた。細く優雅な蛇の尾が、身体を這っているような心地がして、俺は楽園を追放されたのが、自分一人である事を知った。崩れていく庭園の中で、姉さんが一人、俺に手を振っていた。

 「……でも、きっと良くない終わりを迎えたんだろうね」

 開いていた文庫本を閉じて、尚穏やかな笑みはそのままに級友は顔を上げた。何も否定せず、何も拒絶せず。海のように全てを飲み込んでしまうその微笑みは、俺がこの上なく愛した笑顔に、よく似ていた。

 一人は、淋しい。
 俺にはいつだって姉さんしかいなかった。でも、姉さんがいればそれでよかった。姉さんじゃないなら、誰もいらない。姉さんじゃなきゃ嫌だ。でも、もう姉さんはいない。
 姉さんだけが、俺の味方だった。いつでも俺の側にいてくれた。俺を、愛してくれた。けどそれは、俺が欲しかったものとはまるで違うものだった。

 「………なぁ、」
 「何?」
 「俺が、あんたの事好きだって言ったらどうする?」

 花の枯れた楽園に、俺だけ残った。崩壊と終末を齎したのは傲慢な愛だった。それでも尚、俺は一人が嫌で、姉さんに傍に居て欲しくて、でもそれは叶わなくて。

 しばらく黙って俺を見ていた級友は、不意に唇を薄く曲げた。珍しく感情の篭った笑みだった。ただしその感情が、嘲笑なのか自嘲なのか、俺にはよく分からなかった。

 「………いいよ。君がそうしたいなら」

 いつかに聞いたような台詞が、また静かに耳に響いた。

 

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