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影響元は噂のこの曲。
最近こればっかり聞いてるせいでMP3の再生数とんでもないことになってそうです。しかしレン君は出てこない。
長くなったので二つに分けました。出来上がってる話を二つに切っただけなので続きは明日上がる予定です。
あたし達の間には、幾つもの秘密が折り重なって存在する。
死んだ秘密を、丁寧に布で包んで弔ってえば、いつかそこにも花が咲くだろうか。少し早い春の頃、校庭にひっそりと咲いたあの花は、まだ寒さに震えていた。
「………あ、」
ふと顔を上げた、穏やかな陽射しが差し込む午後の廊下。移動教室の途中だった。教科書やノートの必要最低限の物だけ持って、友達と一緒に教室を出てすぐ、あたしの足は止まっていた。
長い廊下の少し先に、見慣れた姿が立っていた。暮れ始めた光を反射して、淡い金髪は仄に輝いているようにも見える。それは、気付いてはいけない人だった。ぶつかってしまった視線に、さっと頬に色が走る。けれどそれを、誰にも気付かれてはいけない。暖かなオレンジ色の光のせいだと思ってくれれば良い。何も知らない生徒達も、確かに目を合わせたその人も。
咄嗟に目を伏せ、慌ててそこから視線を剥がした。少し、ぎこちなかったかもしれない、と、僅かに背筋がひやりとする。もう片方の視線の先も、あたしと同じように、それでいてまるで何事もなかったかのように、ふい、と、あたしから逸らされた。分かっていた筈なのに、つきりと胸が鈍く痛む。思わず教科書を抱きしめた腕に力を入れると、遅れて教室から出て来たぐみちゃんが、「リンちゃん?」とあたしの顔を覗き込んだ。
「どしたの………って、ああ。レン君か」
「………うん」
「相変わらず仲が悪いね、鏡音の双子ちゃんは」
仕方なさそうに笑うぐみちゃんに、あたしはちょっと唇を噛み締める。けれど、次の瞬間には、「ほら、早く行こ!遅刻しちゃう」と上手に笑って見せた。そっちも移動している途中なのか、同じクラスであろう男の子達に囲まれたレンは、相変わらずあたしを見ない。いや、見られないだけまだマシだ。もしこっちを見ようものなら、きっと全く温度を感じさせない、冷たい瞳をしているに違いないから。
あたしとレンは、仲の悪い双子だと言われている。双子だから、勿論家は一緒だし、行動パターンは余り変わらない。だから、どこかで行動が被っても不思議ではない筈なのに、あたし達は学校で一切顔を合わせなかった。登校時間も、下校時間もバラバラ。レンは中等部の生徒会役員をやっているから、登下校が合わないのも当然と言えば当然だけど。けれど、こうして廊下で擦れ違っても目すら合わせないあたし達は、とてもじゃないけど仲良しとは言えなかった。
レンは、学園内でも常に上位の成績をマークする優等生で、高等部に上がればきっと生徒会長になるんだろうと言われていた。対してあたしは、驚く程に秀でた部分のない普通の生徒。勉強もそんなに得意じゃないし、この学校にだって、白いセーラーと赤いチェックのリボンが可愛かったから受けてみたと友達には言っていた。だから、レンはあたしを疎ましく思っていると、誰も口に出しては言わないけれど、そう思われているのは分かっていた。実際、レンはあたしの事をよく思っていないって、人づてに聞いた事がある。あたしの話をされると気分が悪いと、遠回しに周りの人に言っているらしかった。
優秀な弟と、凡才の姉。
姉は弟に劣等感を感じていて、弟は姉を邪魔だと思っている。分かりやすい話だ。双子となれば、優劣の差は尚更明らかで、他人に踏み込み難いものになる。そのせいか、学校であたし達が一言も言葉を交わさない事、目があってもすぐ逸らす事。あたしを見るレンの目が冷たく見下したそれであるという事を、直接あたし達に問い質す人はいなかった。
入学したばかりの頃は、噂の特待生の双子の姉に話し掛けてくる人は多かった。けど、レンと仲良くなりたかったらしい女の子達は、桜が青々とする頃にはあたしの前から消えていた。あたしといても、レンと仲良くなる事はなくて、それどころかむしろ悪くなるって気付いたんだろう。そうして、あたし達はこの広くて狭い学園の中で、完全に無干渉な対の存在へとなっていた。
白い学ランに身を包んだレンが、黙って前に歩き出す。レンの来た道と、あたしが行く道は、同じだった。近くにいた女の子達が、ちょっとざわついた様子を見せる。けれど、あたしに気を使ってか、誰も何も言わなかった。ぐみちゃんが、敢えて何でもないような話を振ってくれている。向こうの男の子達も、少し興味深にげあたしとレンを見比べながら、それ以上の事はしなかった。だからあたしも、逸らした瞳は向けないまま、黙って同じように足を進める。少しだけ、噛み締めた唇が痛かった。
何事もなく、あたし達は足を進める。進めるだけ距離は縮む。そして、通りすがり様の僅かな風だけを残して、互いの横を黙ったまま通り過ぎる、筈だった。
「 」
擦れ違うほんの僅かな瞬間、指先が微かに触れ合った。あたしにだけしか聞こえないような、微かな声が耳を掠める。まるで、時間がそこで止まったみたいだった。周りの声がすぅ、と遠退き、思わずあたしは、瞳だけでレンを追い掛ける。一瞬、逸らされ続けていた視線が、絡み合った気がした。
次の瞬間、あたしはもういつも通りにざわついた廊下を歩いていた。男の子達はさっさとあたし達の横を抜け、廊下の角を曲がっていった。誰もいなくなった事を確認してから、ぐみちゃんがぎゅっと眉を寄せて、憤慨したよう腰に手を当てる。「双子って、みんなあんなもんなの?」というその声には、レンに対する怒りと、それに隠れたあたしに対する気遣いで溢れていた。
「ほんと、リンちゃんにだけあんなにつんけんしちゃって、感じ悪いよ」
「え、あ……どうだろうね。あたし達、男女だからかもしれないし」
「でも、姉弟だからって訳じゃないでしょ?うちのお兄ちゃんなんて、過保護過ぎて困るくらいなんだから……まあ、うちが口挟む問題じゃないのかもしれないけどさ」
「ううん、いいよぐみちゃん。ありがと」
かりかりと目を吊り上げるぐみちゃんに、苦笑いを浮かべながらも感謝の言葉を口にする。ぐみちゃんの優しさは、あたしにとって凄く嬉しいものだったし、ありがたいものだった。一瞬きょとんとあたしを見つめたぐみちゃんは、それからすぐに「もー!こんなに可愛いお姉ちゃんがいたら、普通幸せでしょう弟としては!」と言いながら、ぎゅっと首に腕を回されて抱き締めてくる。うりうりと頬を押し付けられて、思わず笑ってしまった。
ぐみちゃんが、あたしを慰めてくれようとしているのは十分分かる。あたしはそんなに悲痛な顔をしていただろうか。けれど、だとしたら、それは違うんだよ、と、心の中でそっと呟く。レンに冷たくされて、悲しいからこんな顔をした訳じゃない。むしろ、身体に残った甘い残骸は、悲しみとは掛け離れた物だった。あたしは傷付いていないし、傷付けられてすら、本当はいない。それを知らない優しい親友に、心の内側でごめんね、とひそかに呟いた。狭い廊下に、また一つ。秘密が積み上げられていく。校庭の花はまだ咲かない。
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→Ⅱ