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生徒ぐみちゃん→神威先生で学ぱろ。先生とぐみちゃんは異母だか異父だかの兄妹です。
ちらっと鏡音が出てきます。双子ですけどやっぱりレンリンです。

 「神威せんせい」

 声が、震えて聞こえる。

 勿論私の声じゃない。けれど、震えている。私の声じゃなくて。私じゃない、誰かの声でもなくて。
 多分、私の鼓膜が震えているのだ。恐ろしく過敏に研ぎ澄まされた耳が、私の意志とはまるで関係なしに、じっとその声に耳を澄ます。私はと言えば、友達とのお喋りに夢中になる振りをしながら、やはりじっと耳を澄ましていた。体も心も結局同じだ。ハイエナのそれに似ている。ライオンが、獲物を追う音に、じっと耳を澄ます意地汚い生き物だ。


 「神威先生、神威せんせい」

 肩までの短い髪に、白いリボンを結んだその娘は、小さな背丈でその白衣の回りを元気良く跳びはねている、ように見えた。実際は、あの娘はただ先生を見上げて、そっと静かな笑みを作っているだけだった。神威先生は、その娘を見下ろして、穏やかな海のような瞳と微笑で質問に答えを返していた。ほうかごちがくしつにいってもいいですか。ええ、いいですよ、まってます。嗚呼、嫌な生き物だ。サバンナすら生き延びれそうな程、隙なく研がれた自分の耳に、ほとほと嫌気がさす。ぐっ、と込み上げた吐き気を押さえ込むと、顔が妙な形に歪んだ。恵ちゃん、どうしたの、と友達が聞いてくる。長い髪の綺麗な女の子だ。何でもないよ、と返しながら、再び吐き気が込み上げた。恵って、呼ぶなよ。何度言ったら分かるんだ馬鹿と、天然なのかわざとなのか、物分かり悪い友達を心の中で弾き飛ばしながら、何度も繰り返した言葉を、分かりやすく噛み砕いた笑顔に乗せて言ってやる。

 「恵じゃなくて、ぐみだってば」

 たった一文字、抜けただけ。でもそれが、大事なんだ。人には分からないかもだけど、私には凄く重要な事。めぐみとぐみは、違う。今ここで、丈の短いセーラー服に、眼鏡で前髪を上げた風変わりな女子生徒は、私じゃなくてぐみだった。だから、大丈夫。ぐみは、何にも知らないし、関係ない。だからあの人を、神威先生と呼ぶ事が出来る。

 

 


 「帰んないんですかセンパイ」
 「……そっちこそ、やる事ないなら早く帰りなよ」
 「俺リン待ってなきゃいけないんで」

 生物部なんて、看板だけで中身は空っぽの形だけの部活だった。部員は僅か二人。むしろ私は、新入部員がいた事に驚いた。ちょうど、形だけで面倒な事は何もない、けれど部活動と称して放課後を学校で好き勝手に過ごせるような部活を探していた私は、中等部の頃から唯一の部員だった。勿論部員勧誘などせず、過去の実績からとりあえず形だけは確保されているこの部活でのうのうと暮らしていた私に、まさか後輩が出来たのは去年の話だった。
 中等部の二年生、その界隈では妙に有名な二人目の生物部員は、生物なんてまるで関係ない、ごく普通の小説をぺらぺらとめくりながら、だらし無く椅子に腰掛けたまま視線だけこっちに向けた。

 「センパイは誰待ちっスか?彼氏とか?」
 「いないよそんなもの。嫌がらせのつもり?」
 「いえ、妙にイラついてるからそれ系かなと思って。そんな怖い顔してるとフラれちゃいますよ」

 余計なお世話だ、と毒づいて、腕を組み直して時計を見上げる。4時10分過ぎ。いつまで話してるつもりなんだろう。つい苛々して、とんとんと黒い机を爪先で叩く。べきり。爪折れた。最悪だ。

 「センパイ爪長いっスよねー。初音センパイみたいになんかネイルとかしてみればいいのに。しないんですか?」
 「私は伸ばしてるんじゃなくて伸びてるだけなの。爪に何か乗っけるなんて面倒じゃん」

 ついさっき、私が最悪のシーンを目撃した時その場に居合わせた、きらきらと女の子らしく輝いた爪を持ったクラスメイトを思い出す。ああはなれないと溜息をついた。そもそも、髪を伸ばす事も出来ない物ぐさな私に、女の子らしさは多少酷だ。女の子って、なんであんなにお洒落が面倒なんだろう。髪を伸ばして、梳かして、巻いたり結ったり色々したり。スカートの丈とか着回しとか、本当に色々面倒だ。だったら私は、男に生まれたかった。こんな悲痛な女子事情なんか知りもしないで、後輩男子は「女らしくないんですねー」なんて間延びした声で言ってくれる。余計に腹が立って、うるさい、と一言言ってやれば、後輩は本を手放し両手を上げた。やれやれと肩を竦めるその様に、初めから本なぞ読んでいなかったのだと知る。

 「俺は、リンが来たらすぐ帰りますけど、一体センパイは何の為にわざわざする事もない放課後に居残りなんてしてるんですか?こんなあるだけ無駄な部活、守ってる訳じゃないでしょう?」

 金髪を一つに括った後輩は、黒い学ランの袖を引き、手持ち無沙汰に両手を掲げる。男にしては細い指で、さっき私がしたように、こつり、と机の表面を叩いた。頬杖を付いたその顔に、あの兎のような少女が重なる。恐らく今、地学室にいる少女。間違いなく、あの人と二人きりで、放課後の教室にいる少女を、片割れの少年が待っていた。私は窓の外を見つめる。決して外の光が入らないよう、閉め切ったカーテンの向こう側では、ほんの少し窓が開けられていた。隙間から、柔らかな風が時折吹き込む。その度に、カーテンが小さく揺れて、向かい側の教室の様子をちらと覗かせた。生物室は、地学室と向かいあっている。カーテンが揺れて、その向こう側では、あの人と少女が並んでいた。あの人は、窓に背を向けて。少女は僅かにカーテンと被っている為、二人とも顔はよく見えなかった。

 「……良い場所ですよね、ここ。神威先生がよく見える」
 「………何か言いたい事でもあるの?鏡音君」
 「いいえ別に。あ、俺センパイの事好きですよ」

 突然思い付いた風でもなく、ただ思ったから口にしたと言わんばかりの軽い言葉に、思わず怪訝に彼を見る。いつの間にか、私のすぐ隣で、窓枠に手を付いていた彼は、「リンが、神威先生の事好きみたいなんで」と更に訳の分からない話を付け足した。

 「だからもし、リンに牽制かけるつもりなら、そう言っといて下さい。あいつ俺がセンパイの事好きだから生物部入ったと思ってるんです」
 「はぁ?なんなのそれ、意味分かんないんだけど、いいの?鏡音さん余計誤解するんじゃない?」
 「可愛いじゃないですか、俺が神威センパイ好きだからって、神威先生にちょっかい出すの」

 くつくつと笑う少年に、腹立たしさすら追い付かずただ溜息をついた。近親ゴッコに人を巻き込むなと言ってやりたいけれど、恐らく本人達は至って真面目なのだろう。弟が好きな人、の好きな人に手を出す。からより深く追い詰める。そうして嫉妬と独占欲と愛情とで、互いをがんじがらめにして安心するなんて、いよいよ開き直った禁断愛だ。彼らの前で、私の想いはちっぽけなんだろう。訳の分からないものに絡まれたと思う。実際、彼がこの部活を選んだのは、私に興味があった事は確からしい。けれど、それは決して人並みの感情などでなく。ただ私達は、同類なのだと。その匂いを嗅ぎ付けて来たのだ。美しく整ったナルシスの皮を被ったその裏側が。

 「………そんなんで、いつか傷付けても知らないから」
 「もう付けてますよ?ぼろぼろです。多分」
 「最悪」
 「良いんです、これが俺らのやり方なんで」

 噛んで、舐めて引っ掻いて、咀嚼しながら愛を語る。そんな事があって良いのだろうか。
 ふらりと眩暈のような心地が襲って、思わず私は窓枠を掴んだ。大丈夫ですか、なんて白々しく言ってくる手を叩き落とし、窓の外を見る。あ、と小さく声が出た。神威先生は、相変わらず後ろ姿だった。けれど彼女は。今私の隣にいる、スケープゴートの隠れ簑は、先生のすぐ前にいた。小さくて、今にも折れてしまいそうな程か細い腕が、幾分か高い位置にあるそれに伸ばされた。私は、悲鳴を上げてしまいそうだった。本当は、上げたかったのかもしれない。けれど私は、小さく息を飲み込んで、咄嗟に窓際から身を引いた。全身の血の気が落ちてしまいそうな私の視線を、ひょいと彼は拾い上げ、あー、とだけ呟いた。いつの間にか、カーテンは閉じられていた。恐らく私が、もしくは彼が閉めたのだろう。風の悪戯は期待出来なかった。


 「じゃ、俺帰りますね」

 平然と、彼は椅子の上にあった鞄を拾い上げ、肩にかける。私にとっては永遠とも言える長い絶望は、至って軽い彼の言葉で終わりを告げた。思わず彼を睨み付けると、「安心してください、あれは未遂ですよ」とやはり軽い調子で返された。未遂。未遂!何を言ってるんだこいつはと一瞬酷い憎悪を溜め込み、すぐに解放する。分かってる。流石に中学生を相手にする程見境ない人じゃない。けれど私が言いたいのは、これ以上あの人に付け込まないでくれ、という事だった。これ以上、あの人の優しさを安売りさせないでくれ。それは私が欲しくて堪らないものなのに。

 「多分、向こうもこっちの事気付いてたんでしょうね。鎌掛けるにはやり過ぎだな。後で言っときます」
 「………君は、それで良いの?あの娘が、誰かを愛していても」

 言っていて、陳腐な言葉だなと思った。ぎゅっ、と、きつく手を握り締める。こんなのは、狡いじゃないか。私が、忌ま忌ましくて堪らないと思っているこの繋がりで、彼らは一つになろうとしている。私は、出来ないのに。どう足掻いたって変わらないのは、私があの人と血が繋がっているから。たった半分なのに、確かに私を縛り付ける赤い糸が、私をあの人に近付かせない。あの人は、私を望むようには愛さない。


 「勿論。リンが、俺の物であってくれるなら」

 些細な嫉妬は、一層清々しいまでの壊れた愛に押し潰された。
 彼は思春期特有の、少年から大人に変わる少し前の凛々しさと甘さを兼ね揃えた、あの不安定な美しい笑顔を浮かべて生物室を後にした。私に一言、置き土産のような言葉を残して。うるさいな、と誰もいなくなった教室で、思わず小さく呟いた。ぎゅっと唇を噛み締めて、込み上げる熱を必死に堪える。
 かつて、幼い私がこの発作に苦しんだ時、歳の離れた兄は、いつも私の背を撫でてくれた。優しい声で、大丈夫、お兄ちゃんはここにいるよと、ひどく儚い笑顔でそう言った。私は兄の腕の中で眠りに就いた。少女のように細い腕は、今は私の知らない腕になっている。それでも、傍にいたいから。ただ見ているだけでも構わないから、私はここで息を殺して、今まさに、時を止めてしまおうとしているのに。無理矢理時計の針を回した、あの少年の笑顔が憎い。あの双子、きつく結ばれ、解く方法が分からなくなった赤い糸を持て余し、私を嘲笑う水仙の花が、残り少ない酸素を奪う。

 「おにいちゃん」

 気付くと、そんな言葉を口走っていた。長らく呼んだ事のない名前でも、咄嗟に口から出るものだ、といっそ感心するくらいだった。苦しい時に、いつも助けを求める名前。あの人が、優しくめぐみ、と読んでくれる気がして。
 私は顔を上げる。窓の向こうに、もう人影は無かった。多分、あの娘を送り出して、職員室にでも行ったのだろう。一体、どんな顔をして、あの娘と話していたのだろう。私にはもう想像もつかない。いつの間にか、目を合わせられなくなった。お兄ちゃんと呼ばなくなった。それでもあの人は、笑ってくれていた。なのに私は、微笑み返す事が出来ない。出来る筈がない。あの人が、お兄ちゃんが、私の「お兄ちゃん」じゃなかったら良かったのに、なんて思ったままの、今の私じゃ。

 「神威先生」

 だから、塗り潰すように囁いた。私には、彼らのような真似は出来ない。立っていることが億劫になり、思わずずるずると床に座り込むと、膝を抱えて俯いた。閉じた瞼を膝に押し付けると、じんわりと熱が伝い落ちる。でも、これしか出来ない。自分でぐるぐるがんじがらめに縛り付けたこの心臓が、進む事も戻る事も拒否していた。仕方ないんだ、と苦し紛れに言い訳して、またいつもと同じように納得した。ああ、もう、甘いものでもやけ食いしたい。そして忘れて、誰もいないあの寂しい家に帰ろう。

 

 

 

 

 

 

+++++

本当はレン君の出番はなかったんですけどリンちゃんが出てくるのでミクさんの出番をレン君に変えてみたらこれだよ。ミクさん→ぐみちゃん→神威先生の予定だったのにこれだよ…。

 

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