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クオミク。いつもより高い周波数でお送りしたいところですが実際気にしたら負け。
くおちゃんにはなぜか哲学と中二と死後が似合う気がしてならない。生きる気力とかが感じられないくおちゃんがだいすきです。

 目覚めると喪失感が辺りに散らばっていた。

 薄い毛布を除けて部屋を見回すと、妙な怠慢が気怠く体に纏わり付く。手足が寒い。剥き出しの足は冷たくなっていて、まるで死体が付いているようだった。シーツも同じように冷たくて、隣にいた筈の熱は見当たらない。

 「クオ?」

 呼び掛けてみても返事はない。不思議に思って、立ち上がる。
 床に爪先を置くと、冷たい無機質な感触が伝わって、直ぐに消えた。頭の奥が微かに重たい。こんな薄着で寝たからだと思いつつも、上着を羽織る気は無かった。このままじゃ風邪をひいてしまうので、早く上着なよと言ってもらうべく、狭くて日当たりの良いこの角部屋の中で、私じゃない誰かを捜す。

 「クオ、」

 ぐるりと見渡せばそれで部屋は終わる。なのに誰かは見付からない。寒くてくしゃみが出る。サイズの合っていないTシャツが、私の熱を追い払う。髪の毛が腿の裏に当たるのがどうにもくすぐったくて、私はベランダという存在を思い出した。
 裸足のまま部屋を横切って、窓の外の日当たり良いベランダに顔を出す。窓を開けると爽やかで冷たい朝の匂いがした。

 「クオ」

 誰かはそこにいた。
 ベランダの手摺りに腕を置いて、その上に顎を乗せて下を見下ろしている。裸足でベランダを覗く私にも気付かず、澄んだ水色の空を見つめていた。

 「クオ」
 「……ミク」

 私の呼び掛けにようやく顔を上げると、クオは私を振り返った。
 私を見て、少し驚いた風に眉を上げるも、「……随分個性的な恰好してるね」と言うに留まった。

 「何してるの」
 「外見てるよ」
 「それは分かるよ」
 「それは困ったな」

 これ以上説明のしようがないよ、とクオは言うと、また外に目を向けた。その隣で枯れかけた観葉植物が悲しげに瞼を伏せている。
 私達に生き物の世話は難しい。自分の面倒だって、満足に見切れないのに。

 「外見てて、楽しい?」
 「そこそこだね」
 「誰もいないね」
 「朝だからね」

 私達は二人並んで、まだ目を覚ましていない街を見下ろす。そこには誰もいなくて、ただ色濃い朝の匂いだけが、街中を覆い隠すかのように包んでいた。冷たい風がクオの髪を揺らして、私の髪を揺らす。クオの髪は私より短い。私の髪はクオより長い。

 「……死んでるみたいだ」
 「なにが?」
 「全部」
 「全部?」
 「そう、全部。僕も、ミクも、みんな」

 表情の無いクオが淡々と口にする。私はもう一度街を見下ろす。空気は冷たい。指先が冷えていく。

 「…クオは、嬉しい?」
 「何が」
 「みんな死んだら。私が消えて、クオが消えたら」
 「……どうだろうね」

 どうだろうね。もう一度クオは呟いた。唇の中で何かを作るみたいに、そっと言葉にする。冷たい風は相変わらず私の髪を揺らして、前髪がちくりと頬を刺した。私はクオを見てる。クオは、何も見ていなかった。

 「どうだろうね」

 諦めるようにクオは吐き出すと、最初に見付けた時のように、自分の腕に顎を乗せる。クオの顔からは表情が読めない。冷たい風に、私はようやく身震いした。

 「寒い」
 「寒いの?」
 「寒くないの?」

 質問に質問で返すのは好きじゃない。それはクオも同じだけど、クオは何も言わずにやっぱり外を見ていた。私達は似てるようで似ていない。同じのようで、少しだけ違う。

 「ここから飛び降りたら、人って死ぬかな」
 「ここからはちょっと無理じゃない?下もコンクリートじゃないし」
 「そうかなぁ」
 「そうだよ」

 試してみようか、と誰かが笑った。私とクオは、無表情に互いを見ている。枯れた観葉植物はただただ黙って、力無く茶色い葉を風に揺らして私達を見ていた。試してみようか、と囁くように誰かが言う。

 「……試してみようか」
 「……うん」

 クオが言って、私は頷いた。そっと私達は手を握る。クオの手は少し暖かくて、私の手は冷たかった。冷たい風が頬を掠めて、けれど私は、とうに冷たさなんて感じなくて。繋いだ指先から、じんわりと熱が伝わり、やがて無くなった。

 「ミク、寒い?」
 「……ううん」
 「……そっか」

 上着なよ、とクオが呟いた。私はうんと頷いた。
 それから私達は、手を繋いで部屋の中に戻った。クオは私にカーディガンと、毛糸の靴下を持って来て、履かせてくれた。私はクオを見つめてクオは私を見つめて、そしていなくなった。濃い夢の匂いが私の頭を離れてから、私はようやくベットから体を起こした。

 気怠い怠慢感は相変わらず体に纏わり付いて、私は辺りに散らばる喪失感をかき集める。
 夏から全く変わらない私の部屋は、着実に迫る冬の気配に怯えている。耳を済ますと車のクラクションが聞こえて、私は微かな頭痛に顔を顰た。残念な事に、街は死ななかった。
 携帯の着信は一件。最後の着信を、私は確認出来ないでいる。クオが、最後に電話したのは私だった。私は電話に出なかった。私は結局、答えを聞く事は出来なかった。確かめる事も出来なかった。ちゃんと手を繋いだのに、確かめたのはクオ一人だった。

 クオは屋上から飛び降りた。私はここで夢を見ていた。


 頭痛が増して、私は再び目を閉じた。もう一度眠って、もう一度あなたの夢をみよう。今度はちゃんと、二人で落ちていく夢を見る。
 窓辺の観葉植物は、とうの昔に死んでしまった。
















+++++

わたしはひとり 夢を見てた
あなたはひとり 落ちていった




(『ふたり』 奥田美和子)
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