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携帯日記の小話まとめ、その3。

@望む惰性


 「何してるの」

 氷のような声だった。
 全身の血が一瞬で下がる。まずい、とレンの本能が危険信号を出す前に、リンは一切の加減を加えていない、幼いまでに力だけの腕をレンに振り下ろしていた。か細さを感じさせる程細く白い腕なのに、まるで鈍器で殴られたような衝撃が襲い、一瞬で目の前が真っ赤に染まる。隣にいる筈のミクの悲鳴が、遠くで反響して聞こえた。

 「っリンちゃん!何…」
 「ミク姉マスターが呼んでますよ」

 冷たい言葉が早口に並べられる。普段と違うリンの雰囲気に、気圧されて口をつぐんだミクにリンは視線だけを向ける。まるで刃物を向けられたように、身が竦んだ。

 「行かなくていいんですか」
 「で、でも……っ」
 「ミク姉」

 床の上で身を起こしたレンが、行って、と伝える。しばらく逡巡していたミクは、やがて怯えた瞳だけを残して、足早にその場を立ち去った。
 彼女の長く美しい髪が視界に入らなくなってから、リンは膝を立てて座るレンの腹部目掛けて蹴りを入れた。頬を殴り飛ばされたのとは比べものにならない衝撃に、胃が競り上がる感覚がした。鮮明な痛め付けようという意志を、痛みに喘ぐ体とは別の所でレンは感じ取っていた。

 「お話、楽しかった?楽しかったでしょうね。あんなに笑ってるレン、久し振りに見たわ」
 「……っち、が…」
 「何が違うの?嘘吐きは嫌いよ」

 けらけらと楽しそうに笑うリンの瞳の奥は、全く笑っていなかった。燃え盛る青い炎が、レンをじっと見つめていた。

 ただの、談笑。リンが思う以上に、何の取り留めもない話をしていた。この間の新曲良かったね。ミク姉に比べたらまだまだですよ。その程度だ。相手が愛想笑いを浮かべれば、こちらも返すのが当然であろう。ちょっとした世間話のつもりが、怖がらせてしまったと、レンは心の中でミクに謝罪した。
 何か言葉にした所で、リンは聞く耳を持たないのだろう。そもそも、続けざまに理不尽な暴力を受けた体では、言葉を紡ぐことすらままならない。
 ――歌う為のボーカロイドが、伝えることすら出来ないなんて。
 床に伏せたまま思わず失笑すると、「何が可笑しいの」と先程よりも激しさを伴った冷たい声が頭上から聞こえた。髪を鷲掴みにされ、強制的に顔を上げさせられる。

 「分からないって言うなら、分かるまで教えてあげる。あんたは、あたしのモノ。あたしにだけ媚びてればいい。あたし以外に振る尻尾なら、切り落としてあげましょうか」

 浮かべていた口許だけの笑みはいつの間にか消え、射抜くという言葉が正しく似合う程に鋭い瞳がレンを睨み付けた。それを、レンは何も言わずに見つめていた。先程の暴力で、体はまだ痛みに喘いでいる。

 リンの言葉は冷たい。リンの指も、冷たかった。恐怖による束縛。痛みによる鎖。首輪。リンが目指しているのがそれならば、今ここに実現されていた。しかし、リンが望むのはそれではない。リンは、そんなもの望んではいない。



++++
ここから先忘れた。






@兵どもの夢の痕

敵わない相手に恋焦がれるのは、楽だった。


 誰もが愛して止まない初音さんなら、俺の愛くらい簡単に受け流してくれると思って。

 「――それで君は、口先だけの愛の言葉を私に?」

 ストラップの大量に付いた携帯を、長く丸くかつ鋭く色の付いた爪でがりがりと半ば引っ掻くようにタイプしながら、至極うんざりと先輩は言った。こちらは見遣りもしない。伏せられた長い睫毛が見える横顔だけが、俺の知る彼女の全てだった。

 「そーっすね、そういうことになりますかねぇ」
 「ウザい。消えなよ」

 手厳しく一言で断絶した先輩の横顔を、言葉を閉ざして眺める。先輩の言葉に従うつもりは更々ない。なぜなら俺はただ純粋に部活動に勤しんでいる学生に過ぎない訳で、先輩の暴言に屈する必要はない。何のためにわざわざ、誰もいない合唱なんかに入ったと思ってるんだ。

 「先輩もいつまでもそーやって捻くれてないで、歌でも歌ったらどうっすか?昔は開校以来の歌姫とか言われてたんでしょ」
 「煩いね君、昔の話だよ。次したら殺すからね」
 「なんで一年で人って変わるもんなんですかねー」

 去年の大会には、軽やかに歌う先輩の姿があった。
 見た目は清楚そのもの。真っ黒なマニキュアも、不穏な形の携帯ストラップも、三連ピアスも開いてない。スカート丈も程々で、黒ニーソなんて履いてなかった。

 「うるさいって私言ったよ、鏡音君。おねーちゃんに来てもらおうか」
 「………」

 俺が黙ると、初めて先輩は笑った。真っ赤な唇の端をにいと曲げ、性格の悪そうな顔で。一年前の清楚な美少女は、今や悪女という言葉がぴったりの美女へと変わっていた。

 「口先で囀るのもいいと思うけどね、目障りだし耳障り。私のいない所でやって」
 「……手厳しいっすねー先輩。俺って結構悪くないと思うんですけどね」
 「鏡の向こうにマジで恋する変態はお断りだよ。それに、ごまかす為の噛ませ犬にされるなんて、胸糞悪いにも程がある」

 だから消えて。
 そんな言葉で会話を締めて、先輩は再び携帯に向き直った。携帯のボタンが沈む度、大量に付いたストラップがじゃらじゃらと揺れる。

 敵わない相手に恋するのは楽だった。
 叶わない相手に焦がれるよりは、遥かに楽で、楽しかった。
 楽しいだけの恋なんて、恋じゃない事はよく分かってる。人を愛するってことは、もっと痛くて辛いもんだ。
 例えば、笑った顔を見れば脳が焦げるような気がして、泣いた顔を見れば肺が焼けるような気がする。そうして焦げて焼けてぶすぶすと灰になった色んなもんが、喉の奥から競り上がる。無邪気に笑う頬に噛み付いてやりたい。無防備に伸ばす手を掴んで押し倒してやりたい。そんな感情ばかりが胃の中に溜まっていって、胸やけしそうだ。それが、俺の知る愛って綺麗事の正体だった。

 不意に軽快な上履きの音が廊下を通った。それは教室の扉の前で止まり、すぱぁん、とあいつの好きそうな豪快な音で扉を開く。

 「こらぁ、レン!あんたまぁた初音先輩に迷惑掛けて!」
 「………リ、」
 「早かったね、リン。メール送ってからまだ一分も経ってない」

 にやにや笑う性悪女に、「全力で走ってきましたから!」とそれ相応に上がった息で返して、リンはずかすがと教室に入る。ぐい、と俺の手首を掴んだ。

 「ほら、帰るわよバカ!もういい加減にしなさいよ、先輩に迷惑掛けないで!」

 強く手を引かれるままに、縺れるように立ち上がって、扉へと連れていかれる。触れる掌は柔らかく包む炎のようで、握られた手首の肉が、焼けて焦げていく匂いを嗅いだ気がした。

 最後に一度先輩を振り返った。
 締め切ったカーテンを背後に、机に肘を付いた女は、にたりと白い歯を見せて笑っていた。





+++++




@『分かってるよ』


 伸びた髪が、頬を掠める。
 初夏の陽射しは眩しく肌に突き刺さったけど、不思議と嫌な気はしなかった。きっと、べたつく湿気がないからだ。からりとした太陽は眩しく、青空は抜けるほど清々しい。ラムネが飲みたいな、最後に飲んだのいつだっけ。

 「リン」

 少し前を歩いていたレンが、あたしを呼ぶ。一定の距離。縮まる事の無い距離、制服のポケットの中の手。
 何と無く物思いに耽っていた意識を戻して、レンを見上げた。縮まる事が無くなったのは、この背丈も一緒だ。太陽の光を浴びた金髪が、きらきらしてて眩しい。

 「何してんだ。早く行くぞ」
 「うん」

 歩くの早いんだばか、と内心毒づいて、ゆっくりと歩き出す。あたしが歩けば、レンも歩く。一定のスピード、縮まらない距離。

 あたしの髪は肩より伸びた。レンの背は父さんに近付いた。
 あたし達の成長はゆっくりと、あの日の影を打ち消して行った。千切れたのは声。約束。手を繋いで駆け回った季節はまたやってきたのに、あたし達は元には戻らない。

 「にしてもあっちいな、オイ。俺夏って嫌いだわ」
 「どうして?あたしは好きだけど」
 「まあ脳天気なお前にはぴったりの季節かもな」

 失笑。むっとする。揺れる大きな背中に、一気に足を早めて肩を並べる。少し驚いたように目を丸くして、レンはあたしを見下ろした。
 この夏が終われば、冬がくる。そうしたらあたし達はまた一つ大人になる。

 「変わったね、レンは」
 「……どこが」
 「色んな所が、かなぁ」

 なんてぼかした言い方をして、一歩レンを抜かした。そのまま二、三歩足を進めて、レンを振り返る。きっとあたしは、髪の長い、制服を着た17才の女の子に見えている。レンもまた、背の高い、17才の男の子に見える。誰も、あたし達が双子だなんて気付かない。
 昔は夏が好きだった。風が好きだった。ラムネが好きで夏祭りでは金魚掬いに燃えてた。
 あたしの名前をよく呼んだ。あたしの手を握って引っ張ってくれた。些細な事で喧嘩して、少しのきっかけですぐ仲直りした。好きの言葉にそれ以上の意味なんて無かった。きらきらとした子供時代は、色褪せる事なくあたしを蝕む。

 「……それを言うなら、リンだって変わったろ」
 「どこが?」
 「全部」

 大人になんて成りたくなかった。けれど時の流れは残酷で、立ち止まる事を許さずに、どんどん進んで行ってしまう。あたしの心だけを置き去りにして。

 「……うん、そうだね。変わった。あたし成長した」
 「つーか、流石に変わるだろ、俺らもう17だし」
 「そうだね、そうだよね、うん。分かってる」

 分かってるよ。あたしのワガママ。眩しい季節に、訳もなく泣きたくなる。大人でもなく、子供でもない今のあたし。ねえ、あと何回恋すれば、あたしは君を忘れられるのかな。






+++++

声はちぎれて消えた。君とはもう会えない

わかってるよ



(『スウィートセブンティーン』YUKI)






@言葉遊び

かえしてとレンは泣くのだった。


 といっても実際に泣いてる訳じゃない。流石にこの歳でそんな風に泣かれても、逆にこっちが泣きたくなる。困るし、そういうの。けれど、所詮あたし達は機械で、インストールされた年でいえばせいぜい二歳がいい所。まあ何かが恋しくて泣いても仕方ないかなとは思うけど、実際レンは泣いてない。ただ泣きそうに震える声と腕で、抱きしめたいんだか抱きしめられたいんだか分かんないような感覚であたしを抱きしめている。
 一体何がしたいんだろう。かえしてと言われても、レンから奪ったものなんて沢山有りすぎて検討がつかない。何を?昨日のおやつ?新曲の楽譜?頭がごちゃごちゃになる前に、思考を無意識に振り切ってとレンに問い掛けた。

 ――何を?

 何を返して欲しいの、と問い掛ける。本当は知っていた。レンが、あたしから返して欲しいもの。あたしがレンから奪ったもの。あたしはそれを認めたくなくて、いつも知らない振りをする。
 あたしがレンから奪った大事なもの。それはきっと、レン自身。
 いつまでも鏡の虚像ではいられない。鏡音レンは鏡音リンには成り得ない。けれどいつまでもあたしがレンを縛り付けるから、レンは鏡の向こうから変われない。あたしがいなければ何も出来ない不安定な虚像。
 そこから、変わりたいの。その一言すら、言わずに噛み締めた。言える訳がない。あたしは、レンが離れていくのが怖い。

 何を、返してほしいの。もう一度呟いた。それでもレンが何も言わないのは、あたしが言って欲しくないと思っていることを知っているから。言えない君に残酷な問いをぶつけ続ける。何を返してほしいの。やがて諦めて、何でもないとあなたが笑うまで。何を返してほしいの。笑って、抱きしめて。傍にいて。


 「………帰してよ」

 ぽつりとレンが零した。違和感に気付いた時は、もう何もかもが遅かった。

 「俺を、リンの中に帰して」

 ぽたりと涙が伝い落ちた。それは、誰のもの?泣いているのは、どっち。







+++++

(鏡には色がない。声もない。なにもない。ただそこに在るものを反射するだけ)





@いってらっしゃい

 「いってらっしゃい」

 今日も彼女は俺に手を振る。行ってきますと俺は手を振り返す。遠くに見えるメイコの姿は、どれだけ小さくなって、まるで玩具の人形のようになってしまっても、そこにあり続けた。俺は何度も振り返り、その度彼女は手を振った。
 いつからか彼女と俺の立ち位置が逆転した。
 かつて、あそこで手を振っていたのは、俺だ。
 昔、見送る彼女の背は大きく見えて、俺は上手く笑えなかった。そんな俺を振り返り、また仕方ないわねと笑う彼女も大きかった。

 今、笑顔で手を振る彼女は酷く小さい。いつからあんなに小さくなっちゃったのかな、めーちゃん。








++++

いってらっしゃいといってきます





@おやすみなさい

 随分深い所まで落ちてきたのね。探しちゃったわ、もう見付からないかと思ってた。
 ここは随分暗いのね、白いって言ったほうがいいのかしら。辺り一面真っ白で、終末が溶けて浸ってる。何にしても、何も無いわ。こんな淋しい所、いつから居たの?ここは、一人で居るには悲しすぎる。
 でももう大丈夫。あたしが一緒にいてあげる。目が覚めるときには瞼にキスを、眠る時には歌を歌ってあげる。そして、太陽が睫毛を照らすまで、手を繋いで眠ってあげるわ。もう一人じゃないのよ。約束したじゃない。もう鏡なんて必要ないわ。
 ずっとずぅっと長い間、こんな所にひとりぼっちで。苦しかったでしょう。淋しかったでしょう。
 もう大丈夫よ。一人じゃないわ。見付けられなくて、ごめんね。これからは、ずっと一緒にいるから。だから、安心して眠っていいの。ぎゅっと強く抱きしめて、離さないわ。本当よ。






(肌触りの良い布地が頬を撫で、その奥の体温がじんわりと頬に伝わった。久し振りに触れるその熱に体を預け、瞳を閉じる。おやすみなさい。そう呟いた、瞼を閉じたままのレンが、微かに笑った気がした)


+++++

おやすみなさい






@ヒステリックグラマー

 とんだ欠陥品であったものです。
 私の涙腺は私の意思に構う事なく勝手に緩み、私は教室で突然泣き出した情緒の不安定な可哀相な子として周りには見えた事でしょう。突如泣き出した女の子が皆愛すべきヒステリックガールだとしたら、私は正しく今愛されるべき存在だと言えます。実際、私の周には女の子等が私を慰めんと慌ただしく群がってきました。私を覗き込む烏共が影となり、椅子に座る私はあっという間に飲み込まれて行きます。あないみじう(という古典の走り書き)これが、女子の群集心理と言うものなのか、はたまた進化して退化した母性本能の成れ果てなのか。何にしても、悲しくも無いのに辛いよね、悲しいよね、としたり顔で宥められ、有りもしない不幸の誘導尋問を受ける私は、眼球が水を滴らせた硝子玉になってしまったような奇妙な感覚に膝の上で手を握り締めたまま堪える他ありませんでした。

 「分かるよ、苦しいよね、だって  」

 まるで私の心などお見通しだと言わんばかり自信に満ち溢れたクラスメイトが、あたかも悲劇の中心部は自分だと言わんばかりしおらしく悲劇的に全く見当違いの解釈を口にした時。その中に含ませようとした名前に気付いた途端、私は両手で頭を抱え込むように耳を塞ぎ、金切り声とでも言える声を上げて聴覚を遮断しました。これでは真にヒステリックガールです。しかし私の内心は非常に冷静なもので、ただ誰かの不幸が見たくて寄って集る下賎な人間の口から、私の大切な大切な愛しい名前を呼んで欲しく無かったのです。










+++++

(その名を呼ぶな下衆がぁあ!)








@ストリキニーネ

 恐るべきは生存本能でした。
 目覚めると清潔感を丸ごと言語の中から引き出したような白いシーツの上。染み一つ無い、これまた白い光を浴びて微かな凹凸を浮き彫りにした天井(ああなんて白が目に痛い)そして僕は、自分が見苦しくも生き残った事を知りました。
 腕に突き刺さった銀色の針が、血管の中で蠢くようで酷い眩暈を感じ、思わずそれを腕から引き千切ります。ぷつりとした感覚に、赤い玉が皮膚から浮かび上がり、白い電球に照らされてぬらりと光りました。すると、物音を聞き付けた看護師が慌ただしく僕を取り囲み、僕をベッドの上へと押し戻します。鎮静剤を処方されました。吐き出さぬよう無理に喉の奥に入れられては、大人しくする他有りません。僕は一体いつ狂人になってしまったと言うのでしょう。自らを殺害しようとした時ですか?しかしそれは、己を殺したかった訳でも無く、ただ何かを壊したかったのです。幼子が母親の関心を引くため人形の頭部を体から引き抜いてしまうように、僕もまたそうしたかったに過ぎないのです。けれど結果として、僕は失敗してしまいました。何一つやり遂げる事の出来ない、みっともない僕を君は許してくれるでしょうか。叱ってくれるでしょうか。
 再び体内に針を挿入され、慣れる事の無い感覚に白いベッドの上でほとほと青色吐息だった僕の耳に、微かな物音が入りました。首を傾ければ、いつから居たのでしょう。覚束ない足元で扉に持たれ掛かった君が、不安と畏怖に見開かれた瞳を震わせて、僕を見ていました。ああ、そんな目で僕を見ないで下さい。これだから僕は、自分という人間が嫌いです(君を悲しませたい訳じゃないんだ、ただ)








+++++

(君が、僕という存在に縛られてくれれば!)







@レーゾン・デートル

 まるで憐れな捨て猫でした。
 主を探して薄暗い路地をか細い声で泣きながら、やがて訪れる死にすら気付けない。そんな風貌でした。
 先日近所の子供が自殺未遂を犯しました。全く馬鹿な子供です。ほとほと呆れ果て、言葉もありません。一度産まれた以上、死神に鎌を振り下ろされるまで安息は存在しないのです。苦しみ悶え、醜く滑稽に生き延びるのが命の定めです。と、言っても、勿論私は違います。例え滑稽であろうと美しく生きてみせましょう。
 それを、あの子供は理由も無く身体から魂の離脱を試みたとか吐かしました。全く、全くとんだ阿呆です。思わず笑い転げてしまいました。すると、子供はむっつりと黙り込みました。
 そういえば、先程捨て猫の様と称しましたが、それはこの子供の事ではありません。子供のもう片方の輩です。少女は学校で情緒不安定な行動を取り、今は私の隣でうずくまっています。双子とは恐ろしい。どちらかが身体に異状をきたせば、もう片方は精神に異状をきたすのでしょうか。少女特有の擦り傷のある膝に額を押し付け、私が白いリボンを引こうが全く反応致しません。少しばかり、無視されたようで不愉快です。

 「リン」

 その時黙り込んでいた子供が言葉を発しました。その声音は、どこまで意図しているのでしょう。酷く甘ったるくまるで焦がれたカラメルの様でした。子供は少女の名前を呼びます。私は止めるべきだと思いました。私は元々この双子に関して中立の立場を貫いていましたが、生物学的にほんの少しだけ、少女の側に偏っていたのです。
 それは言ってはいけない言葉でした。ヒステリックな少女の頭は、その言葉を全力で拒絶するでしょう。拒絶する方法は簡単です。彼女が、ここよりもっと煩く、天井は汚れたあの雑多とした空間で行ったように、無かった事にすればいいのです。言葉自体を、聞かなかった事に(駄目だよ此処は余りに静か過ぎる)(君も管を通されて、白いベッドに軟禁されたいの?)

 「ごめ  」

 耳をつんざく叫び声に、私は両手で耳を塞ぎました。すぐに白衣の天使達が翔けてくるでしょう。嗚呼、それらに悪魔の舌を以て答えるのが、私の仕事だなんて!








+++++

(病院ではお静かに!)

 
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