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リント君とレンカちゃんのおはなし!

いつもより甘めな糖度でお送りしたつもりでした。

 ふとした瞬間に、夢が終わった。

 終わってしまえば、ついさっきまで見ていた筈のものは、既に朧げだった。一体どんな夢を見ていたのか、そもそも本当に夢を見ていたのかという事すら、定かではない。覚えてない。どうやらわたしは、夢まで曖昧らしい。けれど、曖昧という事は、きっとそれはどうでもいいものなのだろう。簡単な道筋であっさりと思考を終わらせてから、わたしは瞼を押し上げた。真っ暗な世界から瞼を押し上げてみれば、やはりそこは、真っ白な壁に囲まれた余所々々しい部屋だった。

 わたしとリントの、正確にはリントにだけ与えられたこの部屋は、白い。けれどそれを、何もない、と言えば嘘になる。ベッドの周りや机の上には、リントの好んだ雑誌や楽器が散らばっていて、壁にもわたしの知らない洋楽バンドのポスターが増えた。思い入れも何も無かった空間に、リントは着々と自分を馴染ませていた。一筆一筆確かめるように、丁寧に自分の色を乗せていく。リントは生きる事に前向きだ。わたしとは違う。わたしは、生きる事にとてもとても後ろ向きだ。出来る事なら生ぬるいこの水の中で、目覚める事なく溺死してしまいたい。
 そうでなくとも、日がな一日ベッドに丸くなっているわたしには、必要なものなんて何も無かった。あえて言うなら、きっとリントがそれになる。


 「レンカ」

 リントの声に顔を上げると、同時に扉が閉まる音がした。どうやらリントはわたしが眠っている間、部屋の外にいたらしい。わたしは部屋から出る事は殆どないから、リントが外で何をしているのか、知らない。もしわたし達がオリジナルのままだったなら、ひょっとしたらどこで何をしているのか、離れていても分かったのかも知れない。けれど、歪んでしまったわたし達の間に、生憎そんな繋がりはなかった。
 いつもより少し穏やかに見えるリントは、ベッドの上に座り込んでいたわたしを見下ろして、「目ぇ覚めたのか」と首を傾けた。その声も幾分か優しくて、柔らかな笑みすらその頬に浮かんでいて、わたしは眩しさにまた瞳を細めた。今日は、リントの機嫌が良い。リントが笑っているとわたしも嬉しい。

 「いま起きたの。朝?」
 「いや、昼。つーか、午後?」
 「午後?」
 「3時前」
 「……そう、午後だね」
 「午後だろ」

 繋がらないパズルを何とか手探りで繋ぎ合わせるように、わたし達は言葉を交わす。わたしとリントの言葉は、細かなパズルのピースだ。しかもそれは、中々ぴったりと噛み合わない。だからわたし達は沢山のパズルを繋ぎ合わせる。対でない個体と変わらずに。理解出来ない他人同士であるかのように、わたし達は必死にお互いを理解し合おうとする。オリジナルとは比べものにならないちぐはぐな言葉で、ちぐはぐな心を繋ぎ合わせようと努力を重ねる。

 「お前はよくそんなに眠れるよな。その割に夜も普通に寝てるみてえだし」
 「………わたしの眠りは浅いから、寝てないのと同じなのかもね」
 「それもそれで逆に問題だろ」
 「リントの眠りはびっくりするくらい深い」
 「マジで?あー…確かに夢とか見た記憶ねえかも。俺らってそんな所まで正反対なんだな」

 まるで何でもない事のようにそう言いながら、リントはわたしが座り込むベッドに腰掛けた。ベッドが軋む音と共に、わたしの心の奥深くも大きく軋んだ。また破片が突き刺さる。リントは何も気にしていないようだから、これもきっと、わたしとリントの違いの一つなんだろう。

 わたし達は、違い過ぎる。初めは鏡合わせであった筈なのに、いつの間にかこんなにばらばらなものになってしまったのか。形も、存在も。見える世界の色でさえ、わたし達はばらばらなのだろう。けれど、その理由は既に明らかで、わたしの心の奥底には消えた鏡のかけらがまだ残っている。それをリントに気付かれたくないから、わたしは唇を閉ざして沈黙する。開けない扉があるという事実。それがまた、わたしとリントを隔てる壁として、わたし達を遠ざける。

 「……レンカ?」

 リントが、不思議そうにわたしの顔を覗き込んだ。いつの間に俯いてしまっていたのか、わたしは慌てて顔を上げる。リントの青と碧を混ぜたような瞳に、同じ色の目をしたわたしの姿が映っていた。
 リントの瞳は綺麗だと思う。けれどわたしの目は、同じ色である筈なのにやはり違う。それは感覚的なものでなく、確かに違った。わたしの目の色はリントに比べて彩度が低い。リントのような淡い輝きが、わたしにはない。きっと、歪んでしまっているのがわたしだからだ。わたしはまだ、『僕』を捨てられない。リントはもうリントであるのに、僕はまだ僕のまま、割れた鏡を抱きしめている。

 「ごめんなさい、まだ眠いみたい」
 「まだ寝んのかよ。レンカはほんっとによく寝るよなー」

 くつくつとリントが笑うと、ベッドがその動きに合わせで細かく軋んだ。少年と少女が混ざり合ったリントの愛らしい笑顔が、そぅっとわたしの瞼を細めさせる。白い肌が眩しい。リントが笑う心地良い揺れが微かに伝わり、再びあの柔らかな、夢を齎さない空白の睡魔がわたしの頭に靄を掛けた。口に出すと、嘘とは事実になるものらしい。ごまかす為に呟いた眠りが、本当にわたしの元に訪れた。
 それでもわたしは、眠る訳ではないのだろう。元々不安定である存在が、更に不安定な器を手にしてしまえば、わたしにとっての世界とは水中に等しい。ふとした瞬間に呼吸の方法が分からなくなって、わたしは深い水の底へと沈んでしまう。届かない手を伸ばしながら、私は深く深く落ちていく。

 否応なしに思考を手放させる、歪んだ五線譜が溶けて消える細かな泡の中で、不意にわたしは何かを思い出した。空白。そうか、夢を見ていた訳じゃない。あの光も闇もないぽっかりと抜け落ちた空間で、僕は、きっとそれを。


 麻痺した思考回路が一つの結論に辿り着いたその時、唐突にぽん、と何かが頭を押さえ付けた。その何かにより、わたしの意識はその場に押し止められる。拡散する睡魔と共に、掴みかけた答えもまた、夢の向こうに消えていく。再び手を伸ばそうとする事は、適わなかった。わたしは消えていく自分よりも、わたしの意識を探したそれの方を、ただ本能的に求めていた。
 それは、手だった。溺れるわたしの伸ばした手を、届かない手を掴んで引き上げる手。わたしの髪を擦り抜けていく、わたしより少し大きな掌だった。

 「………なに?」
 「いや、なんかそのままの体勢で寝そうだったから。器用にも程があんだろ。だから上手く寝付けねえんじゃねーの?」

 軽く叩くようにわたしの頭を撫でながら、リントは首を傾げてわたしを見ていた。それは不思議そうであり、呆れているようであり、心配そうであり可笑しそうでありそして、愛おしそうな笑顔だった。わたしには、そう見えた。そうなのかもしれないと、思わせる笑顔だった。確証は無く、かと言って口に出して聞くような勇気も無いけれど。リントは今、わたしを見て、笑っているのだろうか。

 「………リン、ト」
 「ん?」
 「膝枕」
 「………は?」
 「膝枕してくれれば、上手く眠れるかもしれない」

 わたしの言葉に、リントはしばらく口を開けたまま黙っていた。何を言ってるのか分からないと言いたげな表情だった。わたしは、自分の我が儘を自覚しながら、ひざまくら、と繰り返す。リントは優しいから。縋り付くわたしを、拒めないと知っているから。

 何とも言えず微妙な、疑問と照れとが入り交じった表情でわたしを見ていたリントは、わたしが折れないと知ると、やがて溜息を一つ吐いた。「そういうのって、女の方がするもんじゃねえの?」と言いながら、体をベッドの上に完全に乗り上げて、わたしの隣に座り込む。わたしが寝転びやすいよう片膝を立てて、もう片方の膝を、ほら、と叩いた。やっぱり、リントは優しい。その優しさに、訳も無く涙が出そうになったのは、わたしか、それとも『僕』であったのか、どちらかはよく分からない。

 促されるまま、わたしは控え目にリントの膝に頭を乗せる。自分から言い出しておきながら、なかなか恥ずかしい体勢だった。流石にリントの顔を見上げる勇気は無くて、リントに背中を向けて自分の指先を見つめる。確かに、男性は女性に比べて皮下脂肪が圧倒的に少ないから、余り寝心地良いものとは言えないかもしれない。起きたらわたしの首は痛くなっていそうだし、リントだって多分足が痺れてしまうだろう。わたしとリント、お互いに全く不利益しか齎さない体勢。けれど、わたしにとってそれは他の何よりも安らぎを与えるものだった。肌に伝わる微かなあたたかさが、わたしを安心させる。

 「男の膝枕なんて良いもんじゃねーだろ」
 「………された事あるみたいな言い方」
 「ねえよ。気持ち悪ぃ事言うな」

 わたしの頭を軽く叩いたついでなのか、リントはもう一度わたしの髪を乱暴に撫でた。癖の強いわたしの髪が、リントの掌で簡単に形を変えて、その指先を擦り抜けた。

 頭の中で、何度も何度も同じ贖罪ばかりを繰り返す声が、止んだ。僕が欲しているのはリンの愛だ。リンに愛される事に飢えている。その飢餓が、僕を夢の中へと引き込んで、そこで必死に破片を繋ぎ合わせる。迷い込んだ悲しみがやがて諦めに変わるまで、僕は偽物の鏡の前で立ち尽くす。鏡は消えた。その事実に変わりはない。けれど、今だけ伝わるこの熱は、小さく笑う掌は、怯える僕に眠りを許してくれる、この世界で唯一のものだった。

 リントの膝の上で、そっと瞼を閉じる。眠くは無かった。けれど、この閉じられた僕らだけの箱庭で、時計の秒針が軋む音と、ほんの少しの衣擦れの音が響く優しく寂しい世界の中で、久し振りに夢を見ないで眠れる気がした。

 

 

 

 

 

 

+++++

たとえ望んでいないとしても。

 

 

 


という事で、相互御礼のお返しとして、月乃さんに捧げ……ても、いいです、か o rz
本当はツンデレンカちゃんを書きたかったんですけど、何かこうレンカ、ちゃん…?みたいな感じにしかならない内にレンカちゃん自体がゲシュタルト崩壊してしまったので、結局うちの子達で…。捧げものだからちょっとでも雰囲気甘くしようと珍しく膝枕なんぞしてもらいました。そうしたら、月乃さんから頂いた絵も膝枕系でちょっとウホッってなりました。

素敵な絵を描いて下さった月乃さんに、せめてもの感謝の気持ちを込めて!ありがとうございましたそしてごめんなさいダッ三┏(´^o^)┛

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