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白学ランと白セーラーな鏡音のお話、そのに。



 

 放課後の学校は、どこからともなく聞こえる子供の笑い声だけがこだましていた。残っている生徒はほとんどいなくて、まるで空っぽの箱庭だ。忘れられた玩具箱みたい。赤い夕日に照らされて、放課後の学校はほんの少しだけ物悲しい。そんな、誰もいない廊下を、あたしは一人足早に通り抜けていた。
 上履きが床を踏み締めるその音が、嫌に大きく響く気がする。誰にも気付かれてはいけないのに。そう思うと、足を止めて息を殺してしまいたい衝動と、逆に逸る鼓動とで、足音は増すばかりだった。知らない内に歩くスピードが早くなり、鞄を肩にかけ直す。焦る気持ちに呼応して、胸の鼓動も増していく。指先の感覚がじわじわと痺れていった。

 二階の端の、ひっそりと静まり返った教室の前。あたしはそこで足を止めた。毎朝通う教室と同じようで、まるで知らないその場所は、余り足を運ぶ事の無い教室だった。人の気配は殆ど無い。高鳴る鼓動を抑える為に大きく息を吐いてから、そっと扉に手を掛けた。

 「リン」

 引き戸の扉を開けると同時に、聞き慣れた柔らかい声が、あたしの名前を呼んだ。西側にある教室は、赤い夕日に照らされて柔らかいオレンジに染まっている。机や椅子が伸ばす黒い影の中、その人はあたしを見て微笑んでいた。本当は、その人、なんて余所余所しく呼ぶような間柄じゃない。今すぐ駆け出したい衝動を、何とか堪えて扉を閉める。後ろ手に、鍵を掛けたのをわざわざきちんと確認してから、あたしは顔を上げた。そして、何度も呼び慣れた、あたしにとって特別なその名前を、震える喉にそっと乗せた。

 「………レン」

 夕焼けの眩しい光に照らされて、昼間とは比べものにならないくらい優しい表情で、レンはあたしに微笑みかけた。


 「ちょっと遅かったね、どうしたの?」
 「ごめん、掃除に時間掛かっちゃって」
 「別にリンがしなくてもいいのに。ここ私立なんだし、その為に人雇ってるくらいなんだから」
 「でも、あんまり任せっきりなのも悪いし」
 「リンは真面目だね。っていうか、良い子っていうか」

 楽しげに笑うレンに、ちょっとむっとする。だって、どっちが上かと言われれば、あたしの方がお姉さんだ。なのに、子供扱いだなんて。あたしがむくれたのが分かったのか、レンは軽く首を傾けると、ごめん、とやっぱり軽く謝った。レンが首を揺らす度、さらさらとした前髪がその目に掛かって、優しげな色をちらつかせる。ずるい、と思う。そうやって、あたしが敵わない事を知っていて、まだ面白そうな顔をする。

 「でもリンが中々来ないから、僕も結構拗ねてるんだよ」
 「………嘘ばっかり。そうやって、レンはいっつもからかうんだから」
 「嘘じゃないって。それに、今日の昼だって。誰だっけ、神威さん?あの人、神威先輩の妹だよね。仲良しそうだったじゃん」
 「ぐみちゃんは友達だよ?それに女の子だし」
 「女の子でも、だよ」

 何かを含んだ言い方に、進んでいた足が止まる。そしてすぐに、焦れた足が行き場を無くしているのに気が付いた。レンは、窓と窓の間の壁に沿った机に浅く腰掛けたままで、多分そこがレンの席なんだろうと何となく思う。椅子の上には、見慣れた鞄が置かれていた。あたしは自分の鞄を掴んだまま、行き場のない気持ちに困ってしまう。レンが、呼んでくれなきゃ。折角二人だけになれたのに、レンがあたしを呼んでくれなければ、あたしは足を進める事も出来ない。噂はあながち嘘じゃない。秘密にがんじがらめになってなお、消えない不安は根強くあたしの中に居座り続け、赤いリボンとなってあたしの体を縛り付ける。
 行き場を無くし、所在なさ気に踏鞴を踏んだあたしの足に、「どうしたの?」とレンは笑った。きっと、気付いているんだろう。頬が一気に熱を持った気がする。昼間みたいに、太陽のせいに出来れば良いのに。あたしをまっすぐに見つめるレンが、それを許してはくれなかった。心の裏側まで見透かすような視線に晒されて、もう落ち着いていられなくて。思わず視線を逸らすとレンが小さく笑った気がした。やっぱり、レンは狡い。それに意地悪だ。

 締め切った窓の向こうから、放課後の声が聞こえる。あたしが知ってるそれとは、大違いの暢気な声だ。窓の向こうを歩く生徒達は、秘密のない放課後を、一体どうやって過ごしているんだろう、と、ふと気になった。

 「リン」

 けれど、次の瞬間、呼ばれた名前が余りに優しかったから、そんな事もすぐに忘れてしまう。レンが机から降りると、かたんと小さな音がして、二人しかいない教室に大きく響いた。それが、合図だった。あたしは顔を上げる。
 手を伸ばす前から、触れる前から、既に泣いてしまいそうだった。見上げた世界が滲んで見える。まだ、何をした訳でもないのに。目の前にレンしかいない世界が広がるだけで、あたしの瞳は勝手に涙の膜を張る。あたしをこんなに弱くさせるのは、レンだけだ。1番近くて、でも触れられない。双子に生まれてしまったあたし達は、暗がりの中にじっと息を潜めて、神様が目を逸らした隙に、身体を寄せ合う事しか出来ない。

 「おいで」

 そう言って、レンはあたしに手を差し延べた。その瞬間、あたしは鞄を放り投げた。

 「っ、レン!」
 「おっと、」

 机の間を摺り抜けて、レンの元へと駆け寄る。その腕の中に飛び込むと、レンは少しよろけたものの、ちゃんとあたしを抱き留めてくれた。夢中でレンの背中に腕を回して、ぎゅう、と強く抱きしめる。レンの首筋に顔を埋めると、やっぱりそこからは仄に甘い、あたしの知ってる放課後の匂いがした。
 あたしをしっかりと抱きしめたまま、レンはもう一度後ろの机に腰掛ける。あたしは、そのままレンの膝に乗り上げる形になって、ニーソックス越しに膝が硬い机の表面に触れた。「なんで泣いてんの」と困ったように笑うレンが、そっとあたしの頬を撫でた。嬉しいから、と呟けば、愛おしげに何度か濡れた頬をなぞって、その手が首の後ろへと伸びる。引き寄せられる感覚に、あたしは静かに瞼を閉じた。これから何が始まるのか、十分に分かってる。それは、誰にも言えない、あたし達の秘密だ。触れ合う唇の感触は、嘘じゃない。角度を変えて戯れに触れては離れる唇を、もっと求めて抱きしめる腕に力を込める。情愛の証と呼ぶには余りに深く、艶めいた音を残す口付けに、くらくらと眩暈がしそうだった。


 放課後の秘密はいつも甘い。けれどそれは、近いからこそ遠いあたし達の距離を、縮めてくれるものでは無かった。始めから、あたし達は十分なくらいに近過ぎる。近過ぎて、手を伸ばす事が出来ないくらい。
 この時間が終われば、レンは名残惜し気にあたしの髪を撫で、あたしはレンを置いて家に帰る。家の中では一定の距離を保った双子を演じ、学校では干渉しない双子を演じる。この想いそのものが、誰にも言えない秘密の一つだ。これでいいのか、このままでいいのか、なんて、分からない。けれど、冷たい仮面を被った瞳が、人目が離れたほんの一瞬、優しく頬をなぞるから、あたしは訳も分からないまま溺れてしまう。ほんの少しだけ垣間見える、あたしにしか分からないような愛しさが、身が詰まる程に切なくて、同時に狂ってしまいそうな程嬉しくて。増えていく秘密の数を数える度に、痛むのは胸か、心なのか。もう分からなくなっていた。

 するりとレンの指先が、赤色を解いていく。よく見ればそれは、あたしの胸元を閉じていたリボンだった。ほんの一瞬、それが赤い糸に見えた。きっと、あたしとレンの小指の先に、それは無いんだろうけど。思わずレンの手を掴むと、レンはやんわりとそれを押さえた。触れあったままの唇が、ほんの少し笑ったように見えて、喉の奥から意図しないまま小さな声が漏れる。しゅるりと衣擦れの音を立てて、レンの指で解かれた赤いリボンが、音も無く床に落ちていく。
 僅かに唇が離れた隙に、荒く吸い込む酸素に混じって、すきだよ、と待ち焦がれた言葉が囁かれるから、また涙が零れ落ちた。許されてはいけない恋が、また二人の秘密を積み上げていく。黄昏にだけ訪れる甘い恋。これが、誰にも知られてはいけない、二人だけの。

 

 

 

 

 










+++++

ひっみーつのーほーうーかごー\アッーーー!/

これがやりたかっただけですすみません。でも秘密の放課後にレン君はやっぱり出てこない。

白学ラン×白セーラーウッヒョォォイ目覚めろ新たな扉みたいな事言ってたら、某方が大変けしからん白学ラン×白セーラーを描いてくれたお陰でテンション上がっておかしい事になった結果がコレだよ。久し振りに鳥肌立つくらい寒いレン君書いてしまった気がしてならないこんなつもりじゃなかった。何はともあれ白学ラン×白セーラーっていいよねっていう話です。制服万歳。

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