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リント君とレンカちゃんのおはなし!

クオちゃん登場。


 眠るリントの横顔を見つめる。まるで幼い子供の様に、どこまでも無邪気で安らかな顔だった。そっと髪を掻き上げて、思わず顔が綻ぶ。寝ている顔が1番可愛い。そしてその表情生み出す側に、自分がいるのだと思うと堪らなく嬉しくなる。

 「入るよ」

 不意にノックも無しに開かれた扉から、二人の世界が砕けて逃げていく。浮かんでいた笑みが自然と消えた。リントに触れていた手も、遠ざかる。今この瞬間、僕は僕ではなくならなければならない。

 「クオ兄さん」
 「派手な音したからメイトが心配してる。またやられたの?」
 「……ごめんなさい」

 首を傾けるくすんだ碧に、思わず謝った。これはもう癖みたいなもので、特に意味は無かった。それに気付いているんだろう、クオ兄さんは顔色一つ変えず、恐らく青痣だらけでぼろぼろになった僕を見下ろしていた。こちらを見据える顔に血の気は薄く、また一切の感情も感じられない。僕はよく感情に乏しいと言われるけれど、彼ほどではなかった。僕の場合、ただリント以外に感心がないだけだ。彼の様に、まるごと感情を落としてきてしまった訳でない。

 「……とりあえず、救急箱。そこ座りなよ」
 「……自分で出来ます」
 「苦手な癖に何言ってるの」

 淡々と言いながら、クオ兄さんは机の上に持っていた白い箱を置いた。救急箱を受け取ろうとした両手を渋々下げて、クオ兄さんの隣に腰掛ける。僕は、手先は決して不器用ではないのだけれど、どうにも小さな間違いを繰り返しやすい。この間救急箱を渡された時は、手に気を取られて転んで中身をぶちまけた。そのせいで消毒用のアルコールを頭から被った経験のあるクオ兄さんは、絶対に僕に何かを持たせてくれない。

 「早く脱いで」
 「………」

 クオ兄さんの瞳は相変わらず感情らしい感情がなく、僕は僅かに浮かんだ羞恥の置場に困った。リント以外に肌を晒すのは嫌だし、流石に僕とクオ兄さんでは性別が違う。オリジナル同士が異性なのだから、当たり前なのだけれど。それに、凄く今更だ。

 「まさか照れてるとか言わないよね。止めてくれる?気持ち悪いよ」

 クオ兄さんに無表情に急かされて、黙って僕は既に開けたセーラーから腕を抜いた。怪我をして、クオ兄さんに手当を受けるのは初めてじゃ無い。流石に前を手当してくれるつもりはないらしく、手当に必要最低限のものを手渡され、クオ兄さんは僕の背中に触れた。けれど、あるのは青痣ばかりだから、冷やすくらいにしか処置の仕様はないのだけれど。

 「今回は結構酷いね」
 「そう、ですか」
 「血出てるよ」

 冷たい指が、肌に触れる。その異様な感覚に、思わず上がりそうになった声を奥歯で噛み殺した。すぐ目の前では、リントが眠っている。崩れた世界を見せない為に、僕は息を潜めなければならない。彼の存在は、今ここにはあっていけないのだ。リント以外の存在を、僕らの世界に認める訳には行かない。

 「………君は、」

 ぽつりと言ったのが、僕を指していたのか、それとも別の誰かだったのか、僕にはよく分からなかった。

 「それでもまだ、生きる気なんだね」
 「……リントが、いますから」
 「そう」

 僕には分からないな、と独り言の様に呟いて、クオ兄さんは立ち上がった。「とりあえず応急処置は終わり。次はもっと静かにやってね」とクオ兄さんは僕か、それともリントかに声を掛ける。感情の無い機械の声。彼を見ていると、自分はなんて人間じみているんだろうと思う。痛みに縋り付いて生きるなんて、どこまでも不安定で生きることに難しい、人のような生き方だ。

 「頑張って、次も精々生き延びなよ」

 抑揚のない声で、歌うようにそう残して、クオ兄さんは部屋から出て行った。彼からは生の匂いは全くしなくて、部屋には初めから僕とリントしか残らない。僕はリントを見下ろした。その寝顔は余りに幼くて、そしてとても、生きていた。僕は安心する。僕のリンは、まだこうして生きているのだと。だから僕は、今日も生きた振りが出来るんだ。


















+++++

ばかじゃないのか、と。(彼は言っていた気がした)

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