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リント君とレンカちゃんのおはなし!


 「マスター、わたしが貴方の汚い欲を引き受けてあげます。」
 「貴方は貴方の言う芸術に酔いしれて溺れて下さい。」
 「貴方はわたしのマスターです。わたしは貴方を愛しています。」
 「貴方に罪は無いのです。罰は全て、わたしが受けます。」

 「だから、どうか」


 「リンにだけは、手を出さないで下さい」




















 ―――レン。

 ふと名前を呼ばれた気がして、重たい瞼をゆっくりと開いた。気怠さだけが残った身体を、何とかシーツの上から持ち上げる。眠ってしまったのか、と理解すると同時に、呼ばれた名前も嘘だったのだと気付く。その名前で呼ばれていたのは、随分と昔の話だ。唯一わたしをそう呼んでくれた愛らしく笑う愛しい愛しい半身も、いつからかわたしの名前を呼ばなくなった。代わりに与えられた記号に甘んじて、けれど彼がわたしを呼んでくれないよりはずっとマシで、わたしは未だ覚醒しきらない頭で愛おしい姿を探した。見付からない。そんな筈はない。わたしを夢から引きずり上げたのは、外ならぬ彼に違いないのだから。

 「レンカ」

 扉が開いた。同時にわたしは安堵する。わたしが出る事の出来ない扉の向こうから、ちゃんと彼は帰って来てくれた。わたしは置き去りにされなかった安堵と幸福に咽び泣きそうになる。おかえりなさいと掠れた声で呟けば、珍しく穏やかに笑ったままのリントが、首を傾けた。柔らかな金髪がさらりと揺れる。窓の外はまだ明るい。穏やかな日の光を浴びて笑う、その姿の美しさといったら!わたしは思わず見惚れると同時に、背筋を戦慄が駆け抜けるのを感じた。少女のような甘い笑みに、少年のような凛々しい声。それらがちょうど混ざり合って、彼の人格形成は非常に不安定な形で終わってしまった。揺らぎやすい『鏡音リン』の心に、不確かな『鏡音レン』の身体。脆い心と脆い身体。彼は自分を制する事が出来ない。だからわたしが、支えてあげないと。その思考に縋って今日もまたわたしは顔を上げる。

 「誰の夢見てたの、レンカ」

 細いしなやかな指が、真っすぐにわたしに伸ばされる。頬をなぞり、そっと、ゆっくり、まるで硝子細工に触れるような指先がわたしを撫でた。これから来るであろう痛みに、恐怖した身体が勝手に震え始める。それでもわたしは、その場から動かなかった。爪が顎をなぞり、首筋に触れ、やがて掌がぐっと首を掴んだ。無意識に上げた顔の下、暖かい熱に触れた喉がひくりと震える。視界が滲む。ああと感嘆を漏らすのは、痛みを、鎖を求めるわたしの本能。君に縛られる事を望む、衰えることの無い『僕』の本能。

 「どうして他の事考えたりするの」

 そしてまた、彼は僕の首を絞める。力の差は歴然で、敵う筈がない。酸素を必要ともしない癖に、喘ぐ身体は無意識に呼吸を求めた。その手が緩むことは無い。そしてそれを、麻痺した脳は嬉しく思う。またひとつ、鎖が増えた!身体を置いて、心だけが歓喜する。君を守ることが出来ないこのか細い腕が、存在意義を求めて伸ばされる。首を絞めて、痣を残して、それでいいから忘れないで。あいしていますあいしています、だから必要として下さい。非力な僕を側に置いて。例えそれが、何よりも愛する君を傷付ける行為だとしても、僕は止められないのです。どんな形でもいいから、君を支えていたいのです。それが僕の汚れて錆びた、本能なのです(君を汚してごめんなさい)



 (リン)

















 (微かに名前を呼ばれた気がした。ああそれは誰の名前だっけ、と考えて、自分の名前だったと気が付いた。綺麗な青い瞳を覆った涙が、きらきらと輝きながら落ちていく。そんな目で見ないでくれよ。もしその名前に生まれることが出来たなら、君は幸せになれたんだろうか)










+++++

綺麗な少女ではいられないのです


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