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リントくんとレンカちゃんのおはなし!

夢見る残酷 ←

一方その頃リント君は。







 


 夢を見た。ついこの間のような、もう長い事昔のような、朧でしかしはっきりとした夢だった。延々と繰り返されたフィルムのような夢を、俺はまた、少し離れた所からぼんやりと見ている。そんな夢だ。

 「リン」

 夢の中で、そいつは俺をそう呼んだ。いや違う、俺であって俺じゃない、何かに向かってそう呼び掛けていた。差し出された掌が、俺を通り抜けて向こう側に向けられている。俺とそう大差ない背丈の、丈の長い白いセーラー。男にしちゃ長い髪を一つに縛ったヘッドセット付きのそいつを、俺は知っている。パッケージに描かれていた姿とまるで同じだ。『鏡音レン』という名前のボーカロイド。俺達の本体と言えるような形。

 その中性的な、どこか掴み所の無い靄のような笑顔に釣られてか、俺の横を小柄な何かが通り抜ける。一瞬兎に見間違えたのは、頭のてっぺんで結ばれた白いリボンだ。リボンの先を追い掛けるまでもなく、ああ、と納得するように気が付いた。本当は俺は、こうあるべきだったんだと。

 『鏡音リン』は、『鏡音レン』の伸ばした手を嬉しそうに取って、その腕の中に飛び込んだ。俺達にとって、それは完成された形だ。目指すべきだった形、けれど叶わなかった過去。俺からしてみると、どっちかっていうと絵画か何かと思った方が近いのかも知れない。戯れあうように右手と左手を重ねる姿に、ぼんやりとそう思った。タイトルは、何だろう。幸福か、理想か。それとも、ハッピーエンド、だろうか。

 


 

 真っ白な夢から目を覚ますと、辺りはまだ真っ暗だった。こんな暗闇の中じゃ、時計を確認する事も出来ない。それにしたって、まだ夜明けすら迎えていない真夜中であることは明らかで、本来起きるべき時間じゃないことも重々に分かる。手探りに体を起こして、衣擦れの音に安心してから、違和感の理由を探してみる。
 真夜中に目を覚ますなんて、殆どない経験だった。というより、決まらない睡魔に襲われた事のない俺にとって、決まった眠りが遠ざかる、というのも、滅多にある話じゃなかった。目覚めたのは、きっと理由がある。珍しく夢なんか見た日には、大体そうだ。

 「………レンカ?」

 隣で丸くなっている筈の冷めた熱が見当たらない。何と無く口に出してみて、すぐに気付く。同じようにレンカも半身を起こして、膝を抱えるようにしてうずくまっていた。小さな両手が、顔を覆っている。引き攣れた呼吸と、不規則に震える体で、泣いているのかと気付くまでそう時間は掛からなかった。

 「なんでお前、泣いてんの。どうした、レンカ?」

 レンカの肩を揺さ振って、顔を覗き込もうとすると、レンカは顔を覆ったまま小さくごめんなさいと呟いた。視既感に目が眩む。訳もなく焦って、なあ、なあ、と細い肩を揺さ振り続ける。それでもレンカは、絶対に俺を見ようとしなかった。ただ小さく小さくなって、震えて、泣きじゃくりながら謝り続ける。か細い声が余りに悲痛で、俺はどうしていいのか分からなくなった。俺を起こしたのは、間違いなくレンカだ。けれどレンカは俺を見ない。見ようとしない。瞼と一緒に心まで閉じ込めて、何かに向かって謝り続ける。それは多分俺じゃない、けれど、俺に言うしかないのだろう。

 ――ああ、と。

 夢の中と同じ感覚。唐突に頭の中で一つの答えが弾き出される。レンカが泣く理由。レンカが夢に怯える理由。俺にとって、それはとうに過ぎた過去だ。砂時計のような小さな粒が、ただ足元でさらさらと崩れるだけの記憶。もう元には戻らない、何の価値もないものだ。
 けれどレンカにとっては、そうじゃないのだろう。レンカはまだ、そこにいる。割れたガラスを必死に掻き集め、壊れた砂時計を巻き戻そうとしている。両手から砂が零れ落ちて、次から次へと溢れてしまう。失敗を繰り返し絶望のミルフィーユを重ねる度に、レンカは夢から逃げて泣くのだろう。俺に向かって、もう戻らない影を求めて。

 泣き止まないレンカの前で、伸ばしていた手をそっと下ろす。行き場を無くした掌が、空を掻く前にきつく拳を握り絞めた。レンカはきっと、後悔している。生まれた事を、形を違えた事を、俺の隣にいる事を。
 俺じゃ、泣いてるレンカに何も出来ない。レンカが求めているのは俺じゃない。俺は、レンカにとってただの現実だ。望んだ幸せの成れの果て。こんな俺じゃ、その涙を掬うことだって出来ないんだろう。こうして目の前で、自分の無力さに唇を噛む事しか出来ないのなら、いっそ生まれて来なければ良かったんじゃないかと、この時俺は初めて後悔した。なあ、と返事を得られなかった呼び掛けを、自分の中で繰り返す。なあ、お前はどこにいるんだよ。かつて自分がそうであった筈の、鏡に映る正しい形。決して振り向かない朧げなその姿に、奥歯を噛んで語りかける。いるなら早く出てこいよ。ここにいるのは俺じゃなくて、お前だった筈なんだろう。


 早く、あいつを助けてくれよ。

 

 

 

 

 

 

 


+++++

たとえば夢の中みたいにさぁ、

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